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アートの起源について考える「世界遺産 ラスコー展」トークセッション【レポート】

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木下貴子
2017/08/28
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●対称性を起点にみる、造形の起源
第2部は2人が互いに、率直に疑問や質問を投げかけ、多方面へと盛り上がりつつ、本題の「アートの起源」を掘り下げていった。第2部の多岐にわたるトークセッションのレポートでは、特に本筋を捉えた鋭い視点の箇所をピックアップしてお届けする。

橋本:私が先に話した対称性が最古の根源的な美的感覚の条件なのかどうか、海部先生はどうお考えになりますか?
海部:その前に、クロマニョン人の技術に対称性は見えましたか?
橋本:あえて対称性を探すのであれば、渦巻き調に模様を刻んだものがありましたが、ことさら対称性が目立つというものではなかったと思います。
海部:一方、もっと古い時代のハイデルベルク人の石器を展示していますが、あれこそが対称性。アフリカではもっと古く、100万年近く前から対称性の石器があります。
橋本:ホモ・サピエンス以前の人工物ですが、それがヒトの美意識の原点とみていいのでしょうか。
海部:考古学者たちはそう捉えています。175万年ほど前の遺跡から明らかに対称性を示すものが出だし、それ以前の遺跡からは出てきません。175万年前から急に形が整い、不思議なことにそれがずっと継続され、ホモサピエンスが出てきたところからああいった造形的なものが突然爆発的に出てくるんです。
橋本:対称性をもつ石器がずっと作られ続け、ホモ・サピエンスへの進化に伴って、対称性のあるものと、そうでないものとを含めて、人工物が急激に増えるということでしょうか。
海部:道具の多様性が増え、またビーズのような装飾品など、彫刻もそうですが、使うものではないものがホモサピエンスになってから爆発的に増えます。これがどういうことなのかはなかなか解明されていません。
橋本:対称性に支配された道具の中に、非対称性を含め新しい造形意識が芽生えたと考えると、私が申し上げた説もあながち間違いではない……と小声で囁いておきますね(笑)。

「世界遺産 ラスコー展」会場より、ハイデルベルク人の石器(レプリカ)。左2点は主に動物の解体に使われていたとされる「ハンドアックス(握り斧)」、右2点は土掘り道具と考えられている「ピック(つるはし)」。
「世界遺産 ラスコー展」会場より、クロマニョン人の時代に作られた「渦巻き紋様が刻まれた棒」(レプリカ)。

 

●感動という感情。ホモサピエンスとしての根本的な共通性
海部:クロマニョン人の芸術が洞窟の中に描かれているのはなぜなのか。現代に定義されている芸術文化はそれ自体を楽しむものですが、クロマニョン人の時代の芸術は同じではないかもしれない。その辺はどう思いますか。
橋本:当たり前ですけど、まったく違いますよね。洞窟絵画はそもそも美術館のような場所で公開されているものではありません。洞窟という暗闇の中にある絵を、「見に」行くのか「感じ」に行くのか分かりませんが、当然見るだけのものではなかったでしょうし、共同体の成員全員で共有するものでもなかったと思います。今でいう芸術と捉えるより、もっと儀式的なもの、宗教的なものに近いのではないかと。
海部:洞窟の中まで行かないと絵は見られませんし、一番奥の方に一番いい絵があったりしますね。これはなんでだろう。橋本さんがおっしゃるとおり全員に見せられない、あるいは見せるにしても、本当に限られた機会の限られた人だけにしか見せないというふうにやっているようにしか思えないんですよ。
橋本:そうするとやはり、通過儀礼のように成人する時だけ洞窟に入って、しかるべき場所へ到達したものだけが、それを知ることができると言った状況を想像しますね。
海部:たぶんそうなのでは、と僕も想像しています。

「世界遺産 ラスコー展」会場より、復元された洞窟の壁画「井戸の場面」。
ラスコー洞窟でも最も深い位置、5mもの深さを降りたたて
穴の広間に描かれている。

海部:そもそも、なぜ人は美術が好きなんでしょう。
橋本:根本的な質問をされると困っちゃうのですが(笑)。いま我々がアートと呼んでいる、日常のなかで常に接するにはヘヴィなものは、ある時代は宗教の一部として存在していたかもしれず、日常から離れたところへ連れて行ってくれるものと言えるのではないでしょうか。宗教によって非日常的の世界に連れ去られるという体験の少ない現代では、アートがその役割を果たし、それによって人間らしく生きていけるのではないか、と。日常だけでは成り立たない、ホモサピエンスとして何か物足りない気持ちを埋めてくれるのがアートではないかと考えています。
海部:僕は講演でもよく、絵なんて描かなくてもいい、なんでそんなものが必要なのかって話すんですよ。だけどアートはやっぱりあったら楽しいし、僕も欲します。美術にうとい私でもやはり好きですし、これってなんなんだろう。僕らは緑が美しいとか、海とか感動しますが、動物ってそれがなさそうですよね。人間のそういう景色などに感動することと、芸術美術のセンスはリンクして、そういう僕らの精神が芸術を生むバックグラウンドにきっとなっているんだろうと。それがどこで出てくるかということに、とても興味があります。
橋本:生き物であればまず、狩猟や食事のような、自らの生死に直接関わる行為に情動が生まれるはずです。でも素晴らしい映画をみるとか、美しい音楽を聴く時にも、我々は激しく情動を掻き立てられます。それはもしかしたら生死にかかわることと同じところから発する情動で、海部先生がおっしゃるような、ホモ・サピエンスをホモ・サピエンスたらしめている創造性──芸術につながるようなホモ・サピエンスのもっとも根本的な特質なのかもしれません。
海部:本展でラスコーの壁画を見て、みなさん素晴らしいと思ってくれたかと思います。すごいなぁって。ここに、僕らとクロマニョン人との関係があると思う。というのは、結局作り出されたものは違うわけですよね。日本で生まれた美術とも芸術とも違う。時代によっても違うし、地域によっても当然違う。けれども、お互いがお互いのよさを理解しあえるというのは、生物学的な基盤が共通しているからだと思うんです。これがやはりホモサピエンスという共通性であり、僕らとクロマニョン人、ヨーロッパとのある意味つながりがあるんじゃないかというふうに思います。

 

2万年前に生きたクロマニョン人と現在を生きる我々に、共通する芸術と創造性。芸術への欲を人間がなぜもつのか、その謎を解くひとつの答えがこのトークセッションから得られた人も多かったのではないだろうか。果てしない長い時を経てもなお、人間の根底にある芸術欲を大切に、誇りに、これからもアートに親しんでいきたいと思う機会であった。

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