九州、山口エリアの展覧会情報&
アートカルチャーWEBマガジン

ARTNE ›  FEATURE ›  コラム ›  【コラム】葉祥栄さんを悼む 岩元真明 時代を切り拓いた「光の建築家」

【コラム】葉祥栄さんを悼む 岩元真明 時代を切り拓いた「光の建築家」

2026/02/06 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 糸島半島に宇宙船のように降り立つ「木下クリニック」。阿蘇の山並みを地平線のように切り取る「野外劇場アスペクタ」。杉林に囲まれた谷あいに佇(たたず)む「小国町民体育館」(小国ドーム)。九州各地に独創的な建築を創(つく)り出してきた建築家・葉祥栄が先月逝去された。

「小国町民体育館」の外観。木々に囲まれ、光が浮かび上がる
(葉祥栄アーカイブ所蔵、撮影・井上一)

 1940年に熊本市に生まれた葉は、慶應義塾大学で経済学を学んだのち、アメリカ留学を経てインテリアデザイナーとして活動を始めた。西鉄グランドホテルの仕事を機に福岡市へ移り、70年に葉デザイン事務所を設立。初期のインテリア作品では、発光する家具やガラス、鏡を駆使して知覚を揺さぶる空間を提示し、その先鋭性によって国内外から注目を集めた。

 70年代後半、活動がインテリアから建築へと広がった後も、屋根と壁の全面をガラスで覆った「コーヒーショップ・インゴット」(77年、北九州市)や、プラスチックの曲面壁をもつ「木下クリニック」(79年、福岡市西区)など、従来の材料・構法にとらわれない発想で人々を魅了した。「光格子の家」(80年、長崎市)に代表される「光の建築」シリーズでは、日時計のように、光そのものにかたちを与える詩的な空間を追求。さらに、光から始まった自然現象への関心は風、水、音へと拡張された。音速から着想を得て、阿蘇の風景と一体化する雄大な舞台を築いた「野外劇場アスペクタ」(87年、熊本県南阿蘇村)はその到達点のひとつである。

 葉祥栄の創造性は、近代的な材料や構法の発明にとどまらない。80年代後半には、林業の町・熊本県小国町で木材を「新素材」として捉え、地域資源を生かす現代建築のあり方を提示した。細い間伐材を組み合わせて築かれた「小国町民体育館」(88年)は、延床面積三千平方メートルを超える日本で初めての大規模木造建築となり、現代木造建築の展開に大きな影響を与えた。

「小国町民体育館」の内観。間伐材を部品でつなぐ「木造立体トラス構法」の先駆けとなった
(葉祥栄アーカイブ所蔵、撮影・井上一)

 90年代に入ると、コンピューターによる構造最適化を設計に取り込み、重力や風力などの自然の力に応答する建築を構想した。小国町のガソリンスタンド「グラスステーション」(93年)に見られるガラスの曲面屋根は、その試みの体現であり、コンピューターによる計算を活用した設計手法、いわゆるコンピュテーショナル・デザインの先駆けとなった。

 近年、現代木造とコンピュテーショナル・デザインの先駆者として、葉祥栄の再評価が国内外で進む。しかし、葉本人はこうした評価に戸惑いを見せていた。2024年に福岡市内で行われた講演では、「小国町民体育館」について「木造でなくてもよかったかもしれない」と語り、聴衆を驚かせた。「この体育館で一番大切なのは、光です。体育館としての命はそこにある」。葉にとって、木構造もコンピューターもあくまで手段であり、目的ではなかった。光こそが、人々が集う建築に命を吹き込む。この信念を生涯貫いた、「光の建築家」だった。

 19年、葉から「教育に役立ててほしい」と図面や模型などの資料を託され、九州大学でアーカイブ活動を開始した。逝去されたその日も、熊本市現代美術館での「葉祥栄再訪 熊本展」の準備を学生たちと進めている最中だった。葉祥栄の作品は、これからも建築を志す若者たちを刺激し続けるだろう。心よりご冥福をお祈りしたい。
(建築家、九州大大学院准教授)
※建築家、葉祥栄さんは1月8日死去。85歳。

 

葉祥栄さん (2009年撮影)

葉祥栄再訪 熊本展 
3月9日まで、熊本市中央区の市現代美術館井手宣通記念ギャラリー。九州大葉祥栄アーカイブが所蔵する図面や模型などを基にした巡回展。「小国町民体育館」をはじめとする故郷・熊本県内の作品に焦点を当てる。火曜休館、入場無料。

 

 

 

 

=(2月6日付西日本新聞朝刊に掲載)=

おすすめイベント

RECOMMENDED EVENT
Thumb mini 5435848923

特別展「若冲、琳派、京の美術ーきらめきの細見コレクションー

2026/04/21(火) 〜 2026/06/14(日)
九州国立博物館

Thumb mini 774a132be2

特別展 大恐竜展 ~「フクイ」から探る獣脚類の進化~

2026/04/24(金) 〜 2026/06/28(日)
福岡市博物館

Thumb mini 7ef2333063

小磯良平展ー幻の名作《日本髪の娘》

2026/04/18(土) 〜 2026/06/21(日)
福岡市美術館

Thumb mini ef32c0ffc0

福岡ミュージアムウィーク2026
建築ツアー

2026/05/16(土)
福岡市美術館

Thumb mini 61d53ab452

小磯良平展 幻の名作《日本髪の娘》展 関連イベント
記念講演会 幻の名作《日本髪の娘》との出会い

2026/05/16(土)
福岡市美術館

他の展覧会・イベントを見る

おすすめ記事

RECOMMENDED ARTICLE
Thumb mini 888f6449c7
インタビュー

建築家・葉祥栄氏の展覧会 故郷・熊本で開催中。「九州大学葉祥栄アーカイブ」の資料群から学生が紡ぎ出す、新しい展示のあり方

Thumb mini 888f6449c7
インタビュー

建築家・葉祥栄氏の展覧会 故郷・熊本で開催中。「九州大学葉祥栄アーカイブ」の資料群から学生が紡ぎ出す、新しい展示のあり方

Thumb mini c77ce5b829
コラム

久留米市美術館 開館10周年記念展「美の新地平 石橋財団アーティゾン美術館のいま」【学芸員コラム】(その3)

Thumb mini 559883e9f9
コラム

久留米市美術館 開館10周年記念展「美の新地平 石橋財団アーティゾン美術館のいま」【学芸員コラム】(その2)

Thumb mini da7b8d0855
コラム

久留米市美術館 開館10周年記念展「美の新地平 石橋財団アーティゾン美術館のいま」【学芸員コラム】(その1)

特集記事をもっと見る