九州、山口エリアの展覧会情報&
アートカルチャーWEBマガジン

ARTNE ›  NEWS ›  「LINKS―菊畑茂久馬」と《ルーレット》―戦後美術史の中の菊畑茂久馬

「LINKS―菊畑茂久馬」と《ルーレット》―戦後美術史の中の菊畑茂久馬

山口洋三(オフィスゴンチャロフ)
2025/02/26
LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 福岡の前衛美術グループ「九州派」の主要画家の1人として、戦後前衛美術の動向を代表する美術家の1人として知られ、福岡を拠点として「絵とは、絵描きとは?」を問い続けた画家、菊畑茂久馬(1935-2020)。彼が没してから今年で5年を迎える。

 この節目の年、ご子息の菊畑拓馬が代表を務める一般社団法人菊畑茂久馬美術青家協会(以下、協会)は、「LINKS―菊畑茂久馬」という企画を立ち上げ、私が企画アドバイザーとしてお手伝いをしている。

 これは、菊畑作品を所蔵する美術館に協会より呼びかけ、この1年ほどの間、各美術館所蔵の菊畑作品を各館主催の展覧会の中で展示していただき、その情報を横断的につないで発信するものである。
 回顧展等を企画しようとすれば、多数の美術館から作品を借りて一か所に集める必要があるが、作品輸送にはたいへんな費用が掛かるし、なにより美術館所蔵の作品を、美術館ではない組織が借用するのはとてもハードルが高い。しかし、美術館が所蔵する作品をその美術館で展示することはたやすい。だから、今回、協会の企画として、私の人脈を使って各所蔵館に、「今年は菊畑さんの節目の年なので、貴館で所蔵する菊畑作品をいつでも、何点でもいいので飾ってください」とお願いしたわけである。これならば所蔵館に多大な負担はかからない。

 菊畑茂久馬は、地方在住であったにもかかわらず、全国の美術館に作品が所蔵されている。この原稿を書いている2月下旬の段階で、国立2館を含む15もの美術館の協力を取り付けることができ、おそらくこれからあと3館くらいが加わる予定である。美術館によっては特集展示を行っていただけることになっており、各館での展示時期も重なったりすることもありそうで、その時はちょっとした「菊畑まつり」的な感じとなるだろう。

 昨年から福岡市美術館では《ルーレット No.1》が展示されており、さらに今年に入ってから国立国際美術館や、愛知県の碧南市藤井達吉現代美術館、そして富山県美術館や徳島県立近代美術館などで菊畑作品の展示が行われてきたが、現在福岡県立美術館で開催中の「コレクション展 第III期」に驚くべき作品が展示されている。
 様々な福岡ゆかりの美術家の作品が並ぶ最後のコーナーに菊畑作品8点が展示されているのだが、その中に、同館が2024年度に新しく所蔵した《ルーレット(ターゲット)》(1964年制作、以下本作と表記)が展示されているのだ。

福岡県立美術館で開催中の「コレクション展 第III期」(~4/13まで)の展示風景
《ルーレット(ターゲット)》1964年
福岡県立美術館蔵 

 実は本作は、60年の時を経て、米国から菊畑の故郷に「帰還」を果たした作品なのである。
 本作は、1965年にニューヨーク近代美術館含む米国内8会場で巡回開催された「新しい日本の絵画と彫刻(The New Japanese Painting and Sculpture )」展に出品された作品の1つである。この展覧会は、日本の現代美術を米国に紹介する目的で、ニューヨーク近代美術館のキュレーターであったドロシー・ミラーとウィリアム・リーバーマンがキュレーターとなり本展企画を主導し、当時の日本のベテランから若手まで46人の美術家を選抜した。

 その中に、当時30歳になろうとしていた菊畑も出品作家に選ばれ、南画廊が窓口となって3点の《ルーレット》を出品したのである。
 そのうち1点はニューヨーク近代美術館に所蔵され、もう1点は、ロックフェラー3世夫人の所蔵を経て、現在は大阪中之島美術館の所蔵となっている。残る1点(本作)はどうなったのか?

東京・浅川邦夫宅でルーレット制作中
(写真提供:一般社団法人菊畑茂久馬美術青家協会)

*菊畑の作品3点の展示風景は以下のリンクを参照 
The New Japanese Painting and Sculpture | MoMA
 

 2011年7月に開催された「菊畑茂久馬回顧展 戦後/絵画」(福岡市美術館・長崎県美術館の共同開催)は、当時長崎県美の学芸員だった野中明と、福岡市美に在職していた私とで企画を進めた。私は、米国に行く機会を得たので、ニューヨーク近代美術館の資料室に赴き、本作の所在を突き止めようとしたが、結局わからずじまいだった(余談ながら、この時の調査でわかったが、実は《ルーレット》は出品作品3点のほかにもう1点が米国に送られていて、その1点は、キュレーターであるリーバーマンが所蔵することとなり、肝心の展覧会には出品されなかった。現在、福岡市美術館所蔵 ルーレット | 福岡市美術館)。

 時は流れて2024年4月。本作が福岡市地行浜にあるみぞえ画廊にて展示されると聞き、さっそく見に行って驚いた。確かに、あの時私が所在を探っていたあの作品である。それまではモノクロ画像しか見ていなかったので、色の鮮やかさに舌を巻いた。なにより、60年もの間所在が分からなかったのに、菊畑のアトリエでたった今作られたかのように状態がよい。
 みぞえ画廊に子細に伺ったところによれば、本作は同画廊がオークションで落札したもので、「新しい日本の絵画と彫刻」展のもう1人の企画者だったドロシー・ミラーの旧蔵だという。なるほど、道理で分からなかったわけだ(リーバーマンの資料に気をとられ過ぎた・・・)。私がかつて所在を突き止めようとしていた作品がこうして福岡に戻ってきたことにまずは安堵した。

 本作が制作された1964年と言えば、菊畑は29歳。この年、彼は、当時ほとんど国内唯一と言っていい現代美術の企画画廊である南画廊で2度目の個展を行い、30点ほどの《ルーレット》を制作し出品していた。当時の記録写真には、美術評論家の東野芳明や詩人の瀧口修造らが会場に駆けつけている様子が写し出されており、菊畑がいかに気鋭の画廊、そして専門家から熱い視線を注がれていたかがわかる。そしてその時の作品が海を渡って米国に展示された――菊畑が、九州派に属する画家の1人という存在から、日本を代表する若手アーティストの1人となって、今まさに米国へ羽ばたこうとする立ち位置に変わりつつあったことを示す貴重な作品が本作なのである。
 しかし実際には菊畑は、この後、この絶好のポジションを自ら放棄し、筑豊の炭鉱画家、山本作兵衛にのめり込んでしまう。作兵衛から「絵とは? 絵描きとは何か?」という問いを突きつけられ、1970年万博の喧騒の中、福岡の地で、思索に沈んでいくことになる。

 1枚の作品とその週を見渡すだけで、このような激動の戦後史が埋まっていることがわかる。その意味で、本作が福岡県立美術館に所蔵され、福岡の人が気軽に見ることができるようになったことは喜ばしい。貴重な作品の展示期間は4月13日までなので、ぜひ観覧してもらいたい。


文・撮影:山口洋三​
(インディペンデント・キュレーター/オフィスゴンチャロフ)
 

1980年代の菊畑茂久馬
(写真提供:一般社団法人菊畑茂久馬美術青家協会)

 



 

 

 

 

 

 

 

おすすめイベント

RECOMMENDED EVENT
Thumb mini 1f77d57038
終了間近

民藝 MINGEI-美は暮らしのなかにある

2025/02/08(土) 〜 2025/04/06(日)
福岡市博物館

Thumb mini 94b1b0ba89
終了間近

GⅢ-Vol.158
中村壮志展「潸潸、燦燦 | Echoes」

2025/01/25(土) 〜 2025/04/06(日)
熊本市現代美術館

Thumb mini 199fb1a74c

挂甲の武人 国宝指定50周年記念/九州国立博物館開館20周年記念/放送100年/朝日新聞西部本社発刊90周年記念
特別展「はにわ」

2025/01/21(火) 〜 2025/05/11(日)
九州国立博物館

Thumb mini e30ae3bd08
終了間近

北斗の拳40周年大原画展~愛をとりもどせ!!~

2025/03/01(土) 〜 2025/04/06(日)
福岡アジア美術館

Thumb mini 5ee8c6dedf
終了間近

春の特別展「スペースパーク~宇宙を感じるワク☆ドキ!体験~」​

2025/03/01(土) 〜 2025/04/06(日)
福岡県青少年科学館 1階特別展示室

他の展覧会・イベントを見る

おすすめ記事

RECOMMENDED ARTICLE
Thumb mini 1adccd844b
ニュース

「スペースパーク~宇宙を感じるワク☆ドキ!体験~」が来場者2万人を突破!

Thumb mini dc702ce6ca
ニュース

BTSエキシビジョン「B★VERSE(BTS、星を歌う)」九州初上陸!迫力VR体験ブースとフォトコーナーを併設 チケット発売は3/28から(なくなり次第終了)

Thumb mini 3ed0025e4a
ニュース

3/29(土)・30(日)は「民藝」と「民具」の展覧会をもっと楽しむパーティイベント(@福岡市博物館)へ! 展覧会を“観て/学んで/食べて/飲んで/踊って” 楽しむ2日間

Thumb mini c9027b1241
ニュース

黒子のバスケ 15th ANNIVERSARY EXHIBITION -OVERTIME- 4/17 福岡上陸。 数量限定グッズもローソンチケットで発売中。

Thumb mini 1b19cabd1d
ニュース

3/21~23 福岡を拠点に多彩な活動を展開するアーティストが集う「Artist Cafe Fukuoka Collaboration Fair」を開催。 作品販売、トークイベント、ワークショップ等を展開

特集記事をもっと見る