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再現模造ってなに? よみがえる正倉院宝物展<下>技と美意識をつなぐ

2021/05/09 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

「再現模造ってなに? よみがえる正倉院宝物展<上>天平の輝きを現代に」
コチラ

 

 沖縄を象徴する朱色の城があったその場所で、焼け残った瓦の保全活動が行われていた。2019年10月の火災で、正殿などの主要施設が焼失した首里城。これまでに焼失と再建を4度繰り返した。5度目の再建中の地でも、正倉院のように「模造品」を手掛けていると聞き、再現模造を考えるヒントを求めて訪れた。

 沖縄県立博物館・美術館は6年前から、15~19世紀の琉球王国時代につくられた品の「模造復元」に挑んでいる。科学的に材料や工法を分析し、各分野の専門家が手わざで復元する手法は正倉院と共通する。制作した彫刻や陶芸、楽器などの工芸品は65件。同館の與那嶺一子主任学芸員(62)が意義をこう語る。

 「ウチナーンチュ(沖縄人)のアイデンティティーを再発見する仕事でもあったんです」

 アジアの交易中継地として、独自の文化を育んだ琉球王国は、明治以降の近代化や75年前の沖縄戦で有形、無形の文化財を数多く失った。樹脂で成形したレプリカはあったが、戦後世代の職人を中心に手仕事で改めて再興することで、価値と自分たちのルーツを再認識した。それは途絶えていた技術を再び職人の腕に宿し、次代につなげる契機にもなったという。

 與那嶺さんの言葉は説得力を帯びていた。「形を保存するだけでなく、技術や美意識を共有してこそ文化は続いていくと思うの」

 時代や世代を超えて美意識と技をつないでいく正倉院や沖縄の取り組みは、まるでリレーだ。その意義は模造だからといって軽くはないはずだ。正倉院の事業に携わった職人たちは何を受け取ったのだろう。

2月~3月に沖縄で開かれた展覧会。再現模造は全国で正倉院宝物を見る機会を広げた

 仏前でたくお香を入れる金属製の器「黄銅合子(おうどうのごうす)」の模造を手がけた鋳造職人、般若勘渓(かんけい)さん(87)=富山県高岡市=に問うてみた。

 答えはシンプルだった。

 「古代の先人っちゃあ、すごいと思ったよ。ガスも電気もない時代に一体どうやったのか。経験してみて、本当に尊敬したよ」

 構造が複雑で、細密な装飾が施された黄銅合子の再現は困難を極めた。ふた部分は約50枚の部品を塔状に組み、特殊な形状のびょうで留められている。今では機械に任せる0・1ミリ単位で削る作業も、ろくろを使い、手で行った。それは往時の職人の手わざや息づかいと同調するような時間でもあった。

般若勘渓さんが鋳造と加工を手がけた「模造 黄銅合子」(正倉院事務所蔵)

 「私の代で終わりだよ」と般若さんは繰り返す。ろくろは旋盤加工と比べて精度が劣るため機械部品には利用できず、需要も後継者も減っている。それでも工場の若手職人の般若雄治さん(37)が「最近、少しずつ技術を習っているんですよ」と明かしてくれた。1300年前の美を守るバトンは、令和の時代にもつながろうとしていた。

「模造 黄銅合子」の表面を削っている様子。般若さんは当時の職人の技術力を再認識したという
(正倉院事務所蔵)

 リレーの担い手は職人や専門家だけでなく、一般の私たちも美意識の受け取り手として参加しているのかもしれない。そう気づいたのは、九州国立博物館の展示室を出た直後だった。

 会場出口で、手のひらサイズの螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)のフィギュアや螺鈿箱のレプリカなど、「手に取れる模造品」が販売されている。螺鈿箱のレプリカ缶を手に「きれい」と顔をほころばせる来場者たちの姿に、多様な関わり方を感じた。いにしえから脈々と伝わる美を自分なりに受け取り、楽しむこともリレーに加わる一つかもしれない。

特別展会場で販売されている螺鈿箱のレプリカ缶。
グッズにも「再現性」へのこだわりが感じられる

 工芸品や文化財と聞くと尊ぶ感情と同時に、敬遠したくなることがある。高尚で、自分とは関係の無い遠いことのように思えるからだ。でも、先人から受け継いできたものには、知識がなくても伝わる力がある。素直にきれい、かわいいと思わせる。明治以降の名工たちの技がなし得た再現模造には確かな美が宿っている。

 再現模造品ってなに? 何度も聞かれた問いに今なら、こう答えようと思う。

 「もう一つの本物だと思います」と。(川口史帆)


●門外不出の宝物に「会える」
 正倉院の宝物類は、移動の振動や空気や紫外線による劣化を防ぐため、非公開となっている。倉庫を開けるには天皇の許可がいるほどの厳重さだ。
 年に一度、「開封の儀」を経て、点検や調査、研究が行われる際、奈良国立博物館の正倉院展で数十点のみを一般公開している。
 現存する最古の5弦琵琶「螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)(原物)」の公開は過去30年間で1991年、2010年の正倉院展以外は、15年の九州国立博物館と19年の東京国立博物館での特別展に限られる。原物と比べて展示機会が多い再現模造は、宝物と「会える」機会を大きく広げたといえる。

=(5月2日付西日本新聞朝刊に掲載)=

 

●特別展「よみがえる正倉院宝物」
 6月13日まで、福岡県太宰府市の九州国立博物館。奈良時代、聖武天皇ゆかりの品をおさめた正倉院宝物の精巧な再現模造86件などを展示している。
 原品が5弦琵琶として現存する最古で唯一の物とされる「螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)」は、明治期と平成期にそれぞれ製作されたものを初めて同時公開する。
 観覧料は一般1600円で、オンラインでの購入もできる。問い合わせはNTTハローダイヤル=050(5542)8600。

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