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社会の課題しなやかに アジアの今映すアート 【コラム】

2022/12/14 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 今年11月、中国各地で起きた習近平指導部への抗議行動で、参加者は一斉に白い紙を掲げた。当局の言論統制やSNS規制に対し「白紙なら削除できないだろう」という表現の自由の行使だった。福岡アジア美術館(福岡市博多区)の企画展「エモーショナル・アジア」に並ぶ作品群は、社会の課題をしなやかに表現するアーティストたちが、そんな同時代をしたたかに生きる人々を励ましているかのようだ。アジアの美術家45人による1990年代以降の絵画や映像など54件が現代アジアのリアルを映し、表現の力と希望を見せる。

ツォン・イーシン(曾怡馨)「オランピア」(2014年、宮津大輔所蔵)

 本展は横浜美術大教授の宮津大輔さんの所蔵作品と、同館の収蔵品を混在させて展示する企画。アジア美術を専門に扱う公立館の視点と、個人コレクターの審美眼を組み合わせて、アジア現代アートの魅力や可能性を引き出すのが狙いだ。

 個人コレクションには収集家の関心や問題意識が色濃く表れる。展示は「ここで生きる私」「私の身体をおおうもの」「私が私であること」「私たちの現在、そして過去から未来へ」の4章に分かれるが、会場を巡ると、章をまたいでLGBTQなど性的少数者やジェンダーがテーマの作品が多く含まれていることが分かる。

 台湾のツォン・イーシンさんの「オランピア」(2014年、宮津さん蔵)は、西洋の名画をリメークするシリーズの一つ。エドゥアール・マネの「オランピア」(1865年)と同じ構図で、マネが描いた裸の白人女性とメイドの黒人女性を、ルームシェアする3人の青年に置き換えた。

 原作では、白人と黒人の上下関係が描かれ、裸の女性が身に着けるリボンや花束は売春を暗喩する。一方本作は、身体的特徴の異なる3人の対等な関係性が写し出され、保守的な性別観の押し付けへの反旗のように、レインボーフラッグが掲げられている。

 マネの原作は、女神ではない一般女性の裸が描かれていたため、発表当時「非常識」とされ、西洋美術界に衝撃を与えた。それから約150年。本作は、長く傍流とされてきたアジア美術界から世界へ価値観のアップデートを呼びかける。発表から5年後の19年、本作が生まれた台湾で、アジアで初めて同性婚が合法化されたのも興味深い。

 宮津さんは1963年、東京都出身。民間企業に勤めていた94年、草間弥生さんの「無限の水玉」を購入したのをきっかけに収集を始め、コレクションは400点に上る。サラリーマンをしながら各地の展覧会や芸術祭を訪れたため、その構成は、週末に行けるアジア地域の作家の作品が中心になった。投資目的の美術収集が市場の多勢を占める中、宮津さんは作家との信頼関係を重視し、購入作品が後に高騰しても手放したことはないという。

 宮津さんによれば、現代アート最大の魅力は、「アーティストが自分と同じ時代を共に生きている」こと。本展も身近な社会状況が反映された出品作が多い。

 鹿児島出身の高嶺格(ただす)さんの「ゴッド・ブレス・アメリカ」(02年、宮津さん蔵)は、高嶺さんと助手が2トンの油粘土と格闘する18日間の映像を圧縮したストップモーションアニメだ。そびえる巨像が米国の愛国歌「ゴッド・ブレス・アメリカ」を歌い続け、2人が生活の全てをさらして粘土を練るさまは、日米関係を皮肉っているかのようだ。

 タイのマニット・シーワニットプーンによる「この無血戦争」(1997年、アジ美蔵)は、ベトナム戦争などの報道写真の構図を模して撮影し、過熱する消費社会を表現した作品。人々が高級ブランドの袋を抱えて逃げ惑う痛烈な風刺で、写真を金ピカの額で縁取った矛盾がユーモラスだ。

 チェン・チンユェン(台湾)の「終わりの物語」(2010年、宮津さん蔵)には、言論の壁を軽やかに超えるアートの底力が感じられる。ある島国が攻撃され、巨大な女神に救い出される2分半のアニメーション。島国はどこなのか。赤旗を掲げる敵の正体も明かされない。見る人の想像に全てを委ねて、ラストに謎めいたメッセージが流れる。台湾と中国を巡る状況が想起されるが、神話のようでもある。

 本展タイトルの「エモーショナル」は、喜びや怒り、悲しみなど多様な感情が渦巻く世界の実相に基づく。そんな感情を起点に人々の暮らしや身体、精神に寄り添った作品群は、鑑賞者が立つ足元も照らし出す。見ている「私」もアーティストと地続きの現代アジアの一員であり、同じ課題を共有する一人なのだと再確認させてくれる。 (川口史帆)

=(12月14日付西日本新聞朝刊に掲載)=

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