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「没後100年 富岡鉄斎―最後の文人」展に寄せて【学芸員コラム】

2024/07/16 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 出光美術館(門司)では、「没後100年 富岡鉄斎―最後の文人」を開催中です。没後100年を迎える本年、出光コレクションの鉄斎絵画の名品を通してその唯一無二の魅力に迫ります。

 大正13年(1924)大晦日の京都で、ひとりの老人が息を引き取った。彼の名は富岡鉄斎(1836~1924)。「最後の文人」とも称された碩儒(せきじゅ)である。しかしその名はむしろ、他に類を見ない強烈な個性の絵画を生み出した画家として、後世に記憶されることになる。
 この鉄斎の没後100年となる今年(2024年)、鉄斎にかかわる展覧会が日本各地で開催されている。北九州市の出光美術館(門司)でも、出光コレクションの鉄斎の名品およそ30件を一堂に会する展覧会が開幕した。

 幕末を間近に控えた天保7年(1836)12月19日、鉄斎は京都に生まれた。三条通新町で法衣商を営む生家は学問にも熱心で、幼い鉄斎は日常的に文字に親しむ生活を送った。また洛中に住まう多くの師にも恵まれ、若くして国学・漢学をはじめ、詩・書・画といった文人が素養とすべき文芸も修めた。
 さらには、混乱した幕末京都の渦中にいた若者の多くがそうであったように、鉄斎もまた勤皇の志を抱き、新たな時代の到来を夢見た。明治2年(1869)、それまで京都を御座所としていた明治天皇は、中央政府を東京に改めたのに伴い、東京へと行幸した。34歳の鉄斎は、これに随行して東上している。
 この旅の途上で目にした富士山を、鉄斎は描いている。水墨で緻密に描き出した富士山は、雲を衝いて高々とそびえ立ち、新たな国家、新たな時代の象徴として若き鉄斎の目に焼き付いたことであろう。鉄斎はその生涯を通じて富士山の画を数多く描き、鉄斎のお家芸にまでなったが、その原体験には、時代の転換期に印象付けられた富士山の威容があったのかもしれない。

富士山図 1869年


 御一新によって新たな時代を迎えた明治日本は、しかしながら、必ずしも鉄斎が期待したであろう姿にはならなかった。脱亞入欧(アジアを脱し、ヨーロッパの一員となる)の呼びかけのもと、鉄斎が修めてきた前近代の学問や文化は脇へと追いやられ、時として排斥の対象にまでなった。鉄斎はこうした世相から背を向け、中国そして日本で巨大な知の体系を築いた往古の文人たちに憧れ続けたのである。
 中国の大文人・蘇軾(そしょく、蘇東坡〈そとうば〉)はその筆頭である。奇しくも蘇軾の誕生日は鉄斎と同じで、鉄斎は「東坡癖(蘇軾マニア)」を自称し、その人生を生涯の規範とした。
 また日本人では、江戸時代後期に活躍した大分出身の文人画家・田能村竹田を特に尊敬していた。鉄斎は竹田について、「何んでも精しい。天下のものは皆知っている。そして意味のないものは描かぬ。第一風韻がある」と言って、深い学識に裏打ちされた竹田の画業に畏敬の念を抱いた。
 鉄斎が逝去する年に描かれた「竹田翁閑栖図」は、敬愛する竹田を主題とした作品である。画中の竹田の姿は、彼が死の床に就いた最晩年の肖像画(竹田市歴史文化館蔵)を典拠とし、さらに画面上部の和歌「まだ消ぬ 露のこの身のおきどころ 花のみよし野 月のさらしな」は、竹田自筆の「歌絵花月短冊」(本展出品)をもととしている。命の灯が消えつつある中でなお生気を失わない画中の竹田は、最晩年の鉄斎にとっての理想像だったのであろう。

竹田翁閑栖図 1924年


 様々な画題を描いた鉄斎がとりわけ好んで描いたのが、神仙の住まう理想郷である。あわただしい京都で生活する鉄斎にとって、仙人たちが自由を謳歌する仙境は憧れの別天地であった。
 「口出蓬莱図」では、椅子に座って大きく身体をのけぞらせた男の口から、仙人が住む蓬莱山が吐き出されている。太陽と月が同時に上がる山のあちこちには壮麗な楼閣が立ち並び、空には瑞兆を報せる鶴が舞い飛ぶ。色彩と筆墨の美しい調和、そして見る人をあっと驚かせる斬新な構成が調和した、鉄斎壮年期の傑作である。
 画中に記された鉄斎自身の賛(絵画に添えられる詩文)によると、本作は中国の仙人・荘伯微(しょうはくび)を描いたもの。この仙人は神仙の住まう山を思うままに見る仙術を会得したという。厳しい鍛錬の果てに自在の境地に達したそのすがたは、鉄斎自身のようだ。

口出蓬莱図 1893年


 時流におもねらず、自分の信じる道をひたすらに突き進んだ鉄斎。しかし、そんな彼が創り出した作品は、豪放磊落な筆致と繊細な色彩感覚に満ちており、当代の先進的な文化人に好まれた。そしてその死後においても、文芸評論家の小林秀雄や、洋画家の梅原龍三郎といった、戦後の文壇・画壇を牽引する人々に強いインスピレーションを与え続けたのである。
 生前の鉄斎と親交のあった洋画家の正宗得三郎は、鉄斎を「狷介(けんかい)な人だが固陋(ころう)ではなく、一方ユーモアの点もあり面白い人であった」と評した。一見とっつきにくいが、決して古びることはなく、いつ見ても新しい驚きと発見がある鉄斎の作品は、彼そのものであるかのようだ。
 伝統と歴史を突き詰めた先に達成された唯一無二の奇跡の画業を、ぜひ会場で体験していただきたい。

(出光美術館主任学芸員 田中伝)
※画像はすべて 富岡鉄斎筆、出光美術館蔵

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