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引き裂かれる運命の男女…250年ぶりに再会した2枚の浮世絵|鈴木春信展【コラム】

2018/08/19 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

本当にこれが江戸時代の版画? 18世紀半ば、多色刷りの浮世絵の手法を確立した鈴木春信の名品展は木版画とは思えない繊細な表現と鮮やかな印面、和紙のつややかさに彩られ、驚嘆すべき内容だった。

春信はわれわれ日本人にとって幻の存在と言える。所在が報告されている作品が2千点ほどで、そのうち8割が国外に流出している。紙の浮世絵は劣化しやすく、色あせた物も少なくないが、米ボストン美術館が保存に努めてきた春信は奇跡的な美しさを保ち、国内だけでは企画できない本格的な春信展となった。

着物なども展示され江戸時代の情緒が漂う会場

春信を研究する千葉市美術館の田辺昌子副館長に話を聞いた。田辺さんによると、春信以前の浮世絵は紅摺絵(べにずりえ)と呼ばれ、墨に2、3色重ねただけの地味なものだったが、春信は7色以上用いて錦絵と称される作品を作り上げた。彫師も摺師の腕も確かだったのだろう。浮世絵を世界に通用する芸術へ飛躍させた。

会場を巡ると春信が美人画を得意としていたことが分かる。花魁(おいらん)や茶店の看板娘をカラフルに描いた春信作品の中にあって、色を付けない「空摺(からずり)」もまた味わい深い。田辺さんお勧めは雪の戸外に女性がたたずむ「鷺娘(さぎむすめ)」。あえて色を付けず、和紙本来の白色を生かした。帽子や雪の部分は凹版に押しつけて盛り上げる「きめ出し」加工をし、振り袖にひし形の文様を浮かび上がらせていた。幕府御用紙でもあった肉厚の越前和紙が使われている。

《鷺娘》 William Sturgis Bigelow Collection, 11. 19503 Photographs © Museum of Fine Arts, Boston

多色刷りを支えた原料の話も興味深い。「絵本青楼美人合(えほんよしわらびじんあわせ)」を使って色の分析を行ったそうだ。結果、美人合では赤色に茜(あかね)が使われていることが判明。幕末、薩摩藩の依頼で黒田藩内で初めて日の丸が染められた際に用いられたあの茜である。

門外不出で初公開の「絵本青桜美人台」

田辺さんは春信の魅力は色にとどまらないと見ている。春信は、故事を主題に取り込む「見立絵」で、江戸の知識階級に絵を詠む楽しさを提供した。「平家物語」の名場面「扇の的」もその一つ。屋島の合戦で、平氏軍から美女の乗った小舟が現れ、手にした扇を射よと挑発し、皆が尻込みする中、那須与一が放った矢が扇を射抜く話を、江戸の若い男女の姿に置き換えて描いている。「平家物語に主題を取りつつ、男女の恋の駆け引きを表現した」(田辺さん)。

今回の里帰り展で並んで展示されることになった右《見立那須与一 屋島の合戦》 (個人蔵)と左《見立玉虫 屋島の合戦》 
Bequest of Miss Ellen Starkey Bates, 28.195 Photographs © Museum of Fine Arts, Boston

屋島の合戦は2枚組だが、ボストン美術館が所有するのは女性の方だけ。今回の里帰り展の前に男性の絵が国内で見つかり、並んで展示された。画中の男女は実に250年ぶりの逢瀬(おうせ)である。ただ、また引き裂かれる運命にある…。


「春信ファンは浮世絵に精通した方が多い」と田辺さん。会場で美人画を眺めつつ、浮世絵の知識を仕入れるのも一興かもしれない。
(文・都留正伸、写真・古賀亜矢子)=7月19日西日本新聞朝刊に掲載=

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