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彫刻家・豊福知徳さんを悼む 特攻隊の覚悟 引き揚げ者と響きあう 安永幸一【コラム】

2019/06/17 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 

2018年に福岡市のギャラリーで開かれた個展会場を訪れた豊福知徳さん

 郷土福岡が生んだ世界的な彫刻家・豊福知徳先生が、去る5月18日、眠るように天国に召された。享年94歳。最期までまことにお元気であった。
 生前の数々の偉業は枚挙に暇(いとま)がない。新制作協会での「新制作協会賞」(1956年)を皮切りに、「第2回高村光太郎賞」(59年)から第30回ヴェネツィア・ビエンナーレへの出品(60年)と続き、それがカーネギー国際美術展(アメリカ、64年)や第8回サンパウロ・ビエンナーレ(65年)など数々の国際展出品へとつながり、さらにイタリア・ミラノでの30年に及ぶ定住にもなった。日本国内での数々の権威ある受賞にもめざましいものがある。「第10回日本芸術大賞」(78年)をはじめ、久留米市中央公園に設置されて大きな話題となった石彫「石声庭(せきしょうてい)」に対して授与された「第9回吉田五十八賞」(84年)に続いて、「第31回毎日芸術賞」(90年)、紫綬褒章(93年)、そして96年に博多港に設置された引き揚げ記念碑「那の津往還」に対しても「第8回本郷新賞」が贈られた。

博多湊引き揚げ記念碑として福岡市の港湾地区に建てられた豊福知徳さんの「那の津往還」


 豊福先生に初めてお会いしたのは、私が福岡市美術館の建設準備室時代(70年代)だったから、もう50年近く前になる。数々の思い出の中で、最も忘れがたいものを一つだけあげるとすれば、それはやはり博多港引き揚げ記念碑にまつわる諸々(もろもろ)である。
御存知(ごぞんじ)の通り、博多港は日本国内で最大の引き揚げ港で、特に45年の終戦直後の2、3年で130万人を越える人々が大陸から、着の身着のまま、命からがら、引き揚げて来たのである。
 それから50年がたった95年、苦しかった体験を永遠に忘れないために、何か記念になるものを博多港に残したい、という切実な願いが引き揚げ者団体を中心に巻き起った。それを受けて、福岡市は相当の予算を計上して記念碑の設置を決めた。私はその記念碑を制作する作家を選考する役目を仰せつかったのである。
 “後世に残る記念碑の傑作を”という強い思いだけでその任にあたったが、その絞り込みには苦心惨憺(さんたん)し、何度かの選考委員会を経て、最後に4名が残る所まで来た時には、この4人だったら誰が選ばれても問題はない、とほっと息をついたものである。
残った4名は、豊福先生を含む日本作家3名とアメリカの巨匠1名。各々(おのおの)に現場を見て貰(もら)った上でマケット(模型)を提出して貰い、最後は東京で、日本でも最高の権威を持つ学識経験者数名による最終選考委員会が開催された。その結果、何と豊福先生の「那の津往還」が見事に1位に選ばれたのである。
 私は事前には秘(ひそ)かに豊福先生の作品に期待する気持ちが強かったが、しかし、他の3名はなかなかの強敵で、決して予断は許されなかった。他の2名の日本作家の名はここでは伏せるが、いずれも日本を代表する人気作家で実力者であったし、アメリカの1名は世界中でその名を知られたクレス・オルデンバーグだったことを考えれば、「よくぞ豊福先生!」と思わずわが手を握りしめて涙したことを思い出す。
 豊福先生の、特攻隊の一員として死を覚悟しながら、敗戦でそれを果たせず、人生の行く末を見失った自らの青春時代の暗たんたる思いと、身一つで必死に福岡に上陸はしたものの、その後の行く末も定かでなかった多くの引き揚げ者たちのやり場のない気持ちとが、この作品の中で見事に響きあった結果だろう、とその時に思ったものである。
いずれにしても、今や、福岡市を代表するランド・マークとなった。嬉(うれ)しい限りである。(やすなが・こういち=福岡アジア美術館元館長)=6月7日 西日本新聞朝刊に掲載=

◇彫刻家の豊福知徳さんは5月18日死去、94歳。

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