現代美術家アニッシュ・カプーアによる、世界初公開の新作を含む国内最大級の個展
アニッシュ・カプーア in BEPPU
2018/10/06(土) 〜 2018/11/25(日)
別府公園
木下貴子 2018/11/08 |
いまや世界各地で、日本各地で、おびただしい数の芸術祭が開催されている。複数のアーティスト・グループが参加する芸術祭は一度にたくさんの作品を見ることができ嬉しくあるものの、一方で「芸術祭ブーム」とも言われるように数が多くなりすぎてはいないだろうか? そこに一石を投じたのが、BEPPU PROJECTが事務局を務める混浴温泉世界実行委員会が2016年にはじめた「in BEPPU」だ。国際的に活躍する1組のアーティストによる個展形式の芸術祭で、そのただ1組のアーティストが生みだす作品と観客がしっかり向き合えるのが大きな特徴である。2016年は現代芸術活動チーム「目」、2017年は西野達の作品によって大変な話題を呼んだ。そして、第3回となる今年、現代美術の分野において最も重要なアーティストの1人として国際的に注目されるアニッシュ・カプーアを招聘。11月25日まで「アニッシュ・ カプーア IN 別府」が、別府公園を舞台に開催されている。
1954年インド・ムンバイ生まれ、現在はイギリス・ロンドン在住の現代彫刻家アニッシュ・カプーア。九州在住のアートファンには言わずと知れた、福岡市美術館が所蔵する《虚ろなる母》(1989-90年)の作者だ。スケールの大きい作品が主であるカプーアの個展が、公園内でどのように展開されるのか、予想つかないまま道標に沿って進む。
松林の合間から、明らかに公園施設ではないと思える建築物が見えてきた……!!!
本展では新作を含む3つのプロジェクトが展開されるが、そのうちの新作《Void Pavilion V》だ。彫刻と建築が融合する作品で、およそ1カ月半かけてこの建築物(パビリオン)を建てたというから驚きだ。余談だが、同パビリオンを構成した武松幸治+E.P.A環境変換装置建築研究所は、金沢21世紀美術館のカプーア作品《世界の起源》の展示室も施工を手掛けている。
表の入口からパビリオン内へ。そこには大きな黒丸の作品がただ一つ、壁に展示されていた。これは一体……壁に黒く塗っているのであろうか、それとも壁に穴が空けられているのだろうか。時間をかけて眺めてみたが、判断がつかない。光を99%吸収するという特殊塗料によって漆黒よりもさらに深い黒に、次元の感覚が奪われる。
理解の範疇を越え、目を白黒させている状態がおさまらないまま、「反対側にも作品があります」とスタッフに導かれ、裏へと回る。果たしてそこにも入口があり、また中へと入る。今度は、前面の壁が一面真っ黒に塗られていた。背後で扉が閉まると、ただただ闇が迫る……では終わらなかった。次第に暗さに目が慣れてくる、あるいは別の鑑賞者が入ってきた時に外光が入り、「何か」がそこに浮かぶ。目を凝らさないと気づきにくい「何か」。神経を研ぎ澄ますという行為が促される。
ネタバレを配慮してというよりも、写真ではけっして伝わらないとの気持ちが大きく、こちら側の写真はあえて掲載しない。SNSが幅を利かす昨今だが、シェアや拡散がなんぼのもんじゃい!と思ってしまうほど「直接見る」「体感する」「知覚する」ことの必然性を強く感じる作品だ。
またもや余談だが、《Void Pavilion V》の特殊塗料は専門家でないとうまく塗られないと聞いた。この作品も、カプーアのイギリスのスタジオからスタッフがやってきて仕上げたそうだ。
次なる展示場所にもパビリオンが建てられ、企画展「コンセプト・オブ・ハピネス」が開催されていた。
会場にはカプーアがここ5、6年間作り続けている一連の絵画作品と立体作品が並んでいる。
巨大彫刻をメインに制作するカプーアだけに、このような作品を見ることができるのはかなりレアな機会と言っていい。
大地や身体から湧き出るようなエネルギーを感じさせる作品群。とくに立体は肉塊にもみえ、皮膚のように纏うガーゼによっていっそう生々しい。先の《Void Pavilion V》は宇宙的な無限の闇を連想したが、翻ってこちらは、人間の細胞レベルまで引きもどされるような感覚に陥る。会場で上映されているドキュメンタリー映像の中で、カプーアの「作品をつくることは、知らない所へいくこと」と話していたが、見る者も未知の場所へといざなわれる……そのように思えた。
3つめの作品《Sky Mirror》はこれまで世界いくかの場所で発表されたカプーアの代表作の1つであり、ここ別府にて満を持しての日本初公開となった。直径5メートルの巨大な鏡が青空のもと展示されている。遠目から望むと、まるでミニチュアの地球のようだ。「地球は青かった」ではないが、思わず「スカイミラーは青かった」というフレーズが頭をよぎる。
記念撮影や自撮りするたくさんの人をかきわけ(この作品はチケット不要)、近づくと、今度は、まるで丸く切り取られて地上に落ちてきた空のように見える。たたずんでじっと見ると雲のみが流れ動く。歩きながら見てみると、角度によって空の様子が違ってくる。スマホのカメラを動画にして歩きながら撮影する人もいれば、デジカメで定点観測している方もいる。いずれもその記録は、確実に面白いものとなるに違いない。
本展主催の混浴温泉世界実行委員会・総合プロデューサーである山出淳也氏が長年個展開催を切望していたというカプーアだけあって、その力量と、作品のインパクトはすさまじい。歴史的展覧会になりえるかもしれない本展を、別府という九州の一地方都市で実現できたことを称賛したく、またそれを目撃できたことを嬉しく思う。重ねて言うが、写真では絶対に伝わらない。ぜひ、別府へ。
なお、「アニッシュ・カプーア IN 別府」が開催される11月25日(日)まで、「第33回国民文化祭・おおいた2018」「第18回全国障害者芸術・文化祭おおいた大会」が大分県内各所にて、「ベップ・アート・マンス2018」が別府市内各所にて開催されている。本展単体でも十分満足できるが、時間がゆるせば他の展覧会やイベントもあわせて楽しんでみてはいかがだろう。筆者は別府の後に日田へ移動し、大巻伸嗣展「SUIKYO」を鑑賞・体験してきた。こちらもまたSNSなどで拡散不可能な展覧会で、必見だ。
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