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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<69> 【連載】不要不急 感染収束後も従来のままか? 映画監督が問う根源的な問い

2022/09/30 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 山岡信貴監督の新作映画『アートなんかいらない!』が東京のシアター・イメージフォーラムで公開中だ。その後、全国各地に巡回するということなのだが、これが「Session 1 惰性の王国」(98分)と「Session2 46億年の孤独」(88分)の2部構成からなる大作で、福岡ではキノシネマ天神で10月に公開が予定されている。「セッション」とあるのは、この映画がアートをめぐる現状について関係者や専門家、その周辺でアートに関心を持つ人たちに、山岡監督自身が広くインタビューをした結果をまとめたものだからだ。

 扇動的なタイトルは、2019年に開かれた「あいちトリエンナーレ2019」で「表現の自由」をめぐる大きな社会的反発が起き、それまでアートとは無縁な人たちから「アートなんかいらない!」という抗議の声が強く巻き起こったことに端を発する。だが、その直後からコロナ・パンデミックの波に世界中がのみ込まれ、今度はまた別の次元から文化や芸術の必要性が問われることになった。アートもその一端であったのは言うまでもない。

 したがって、この映画の取材はコロナ禍で行われており、その意味ではアートをめぐってコロナ禍で、なおかつアートは「不要不急」か――広辞苑によれば「どうしても必要というわけでもなく、急いでする必要もないこと」――について作られた、世界でもおそらくは初めての大作映画ということになる。

 実はこの映画、未知の新型コロナウイルス感染症を恐れて皆が家に閉じこもっていた初期の頃、私にも取材依頼が来た。けれども、その当時は外をうろつくだけでも非難の目で見られ、加えてマスクも不足していたから、おのずとインタビューそのものが困難となった。ちょうどその時分から遠隔地をネットでつなぐリモート・セッションが一気に普及することになったわけだが、私自身は「リモート」はいまだに苦手で、山岡監督もこの映画のなかでリモートでの取材は行っていない。それでもこれだけの数のインタビューが実現していたことに驚かされるが、直(じか)にコロナ禍のことが話題になっていなくても、潜在的には誰もがそのことを言わずもがなの念頭においている。その意味でも興味深い時代のドキュメントになっている。

 いまドキュメントと書いたけれども、本作は世界的な芸術家であった故・荒川修作が晩年、可能性の限界からアートの世界と手を切ったことや、山岡監督自身が縄文土器と触れる機会を得て、それ以降はアートに対して「不感症」になってしまったことが大きな製作の動機となっている。その意味では、ごく私的な疑問を他者からの答えを通じて徹底的に追いかけてみたという見方もできるのだけれども、その徹底さによって、アートはコロナ・パンデミック以降も従来のかたちのままでよいのか、感染拡大が収束すれば以前のアートを取り戻せばそれでよいのか、という根源的な問いかけにもなっている。

 話を戻すと、この映画で山岡監督から依頼された私へのインタビューは実際には実現しなかった。その代わり、私はほかの出演者の方々とはまったく別のかたちで、「影からの声」という役割で全編に関わることになった。別にナレーションを担当したわけではないのだが、結果的にそのことで、私のなかのアートとコロナ禍をめぐる無意識がこの映画を通じて炙(あぶ)り出されることになった。しかしそれはまた別の機会に譲ろう。(椹木野衣)

=(9月22日付西日本新聞朝刊に掲載)=

 

椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

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