特別展「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」
2019/11/16(土) 〜 2019/12/22(日)
09:30 〜 17:30
福岡市博物館
2019/12/06 |
現在、福岡市博物館で開催中の特別展「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」(~12/22)の福岡市博物館の担当学芸員が作品の魅力を語りました。(全4回)(アルトネ編集部)
大蘇芳年の飽くなき血の嗜慾は、
有名な「英名二十八衆句」の血みどろ絵において絶頂に達する
三島由紀夫(雑誌『批評』「デカダンス美術」より
注)「大蘇」は芳年が用いた号のひとつ。
現在、月岡芳年の傑作「英名二十八衆句」が、福岡市博物館で公開されています。
名だたる文豪たちを魅了した紛れもない名作ですが、あまりにも過激で、ポスターやテレビCMではお見せできません。しかし、どうにかご紹介したい…!!というわけで、今回、衝撃作「英名二十八衆句」の魅力を、こっそり、たっぷりご紹介させていただきます。
※ページ内の絵や言葉には衝撃的な表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
月岡芳年って?
最後の天才浮世絵師とも呼ばれる、月岡芳年。彼が生まれたのは1839年(天保10)3月17日。世の中が激流のように明治へ向かう、ほんの少し前のことでした。
小さい頃から絵が好きだった芳年は、人気絵師・歌川国芳に入門してめきめきと頭角をあらわし、15歳でデビュー。20歳頃には本格的に作品を発表し、絵師としての仕事をこなしていましたが、ほどなくして1861年(文久1)に国芳が死去。早々に独立せざるを得なくなりました。このとき芳年23歳。作品には、まだ国芳の影響が色濃く残っていました。
師が偉大であればあるほど、乗り越えるのは容易ではありません。しかしわずか5年で、芳年はその萌芽を感じさせる作品を発表します。「英名二十八衆句」です。
まずは一図ごらんください
血まみれでのけぞる女性――逃げる女性の髪を引っ掴む男の右手には、真っ赤な包丁が握られています。執拗に刺したうえで、なおも刺そうとしているのでしょう、手に力がこもります。女性の首から頬にかけてはべっとりと手形がつき、返り血をあびた男が首を絞めようとしたこともうかがえます。ただならぬ憎悪。そして、激しい抵抗のあと。着物の裾がはだけ、赤い襦袢から真っ白な太腿がのぞいています。酷たらしくも煽情的な一図です。
この絵は、慶応元年(1865)に歌舞伎でも上演された、河竹黙阿弥作「怪談月笠森」の一幕です。女性の名はおきつ。笠森神社の門前にある水茶屋の看板娘・お仙の姉です。凶行におよぶ男の名は市助。既婚のおきつに言い寄り、こっぴどく振られました。
ふられた。ただ、それだけで、市助はおきつを惨殺したのです。
「怪談月笠森」は、妹のお仙が姉の仇を討つという筋書きで、メインストーリーはこのあとに続きます。しかし芳年はこのおはなしを描くにあたって、物語前半の惨劇をとりあげたのでした。
芳年の無残絵は、
優れたものほど、その人物の姿態はあり得べからざる姿態である。
しかし、ありえないけれども真実なる姿態である。
写実ではない。
写実ではないからこそレアルである。
ほんとうの「恐怖」が、そして「美」がある。
江戸川乱歩(『残虐への郷愁』より)
おきつがふりあげた右足、空をつかむ手、髪を食いしばる唇。
青ざめた顔が、間もなく彼女が抵抗すらできなくなるだろうと予感させます。江戸川乱歩が評するように、いずれも写実的ではありませんが、妙に生生しく、そして美しく描かれています。
英名二十八衆句とは
英名二十八衆句は、1866~67年(慶応2ー3)に28歳の芳年が、兄弟子の落合芳幾とともに競作した作品です。歌舞伎などから刃傷沙汰ばかりを抜き出して描くシリーズで、全28図を二人で14図ずつ分担しました。このドラマティックで鮮烈な血の表現で、芳年は師である国芳の表現を超え、個性を打ち出すことができたと言われています。
しかし英名二十八衆句のみどころは、過激な血の表現だけではありません。筆を競った兄弟子・落合芳幾は、浮世絵師として絶頂期を迎えていましたし、絵に詞書を寄せた文化人らも、幕末から明治の文芸・演劇界の第一人者ばかり。また、彫師や摺師といった職人たちも当代一流の腕の持ち主だったことが、残された絵からみてとれます。
こだわりぬいた血の表現
英名二十八衆句のなかで、最も有名かつ最も残忍な一図です。逆さ吊りにされた女性が、じわじわと切り刻まれています。典拠不明ながら、子分の意趣返しなのだと詞書にあります。
この絵は図様もさることながら、血糊の表現が凄まじい!わざと絵具に膠をまぜることで、まだ血が乾ききらずベトベトぬるぬるしているかのように表現しているのです。
この深く切られた臀部のリアルさ!!直視したくないのについ見てしまうのは、人間の性かもしれません。
摺りの超絶技巧 その1
囲碁好きの領主・由留木素玄が、盲目の碁の妙手・笹山検校と一局打つも、口論となり激昂。視線をたどると、血濡れの碁盤に首だけとなった検校の姿が――。
碁盤のうえに鎮座する首、という図様にも物凄いものがありますが、ぜひ、摺りにもご注目ください。信じられないかもしれませんが、「ある角度からしか見えない模様」が摺られています。
無地かとみえた黒の着物全体に、桔梗文や卍菱文が浮かびあがっています。会場では、斜め下からのぞいてみてください。安易に刀を抜いたこの男が、金と権力を握った領主であることが、にわかに現実味を帯びてくるはずです。
背後の紺縁赤座布団にも、同様に模様が浮かびあがります。
連載第2回へ続く!!
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