九州、山口エリアの展覧会情報&
アートカルチャーWEBマガジン

ARTNE ›  FEATURE ›  コラム ›  無数の爪は生の痕跡  福岡市美術館でコレクション展 殿敷侃

無数の爪は生の痕跡  福岡市美術館でコレクション展 殿敷侃

2020/08/24 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

  広島市に生まれた美術家の殿敷侃(とのしきただし)(1942~92)は、父母を原爆で亡くした。自身も20歳のとき、2次被爆が原因と思われる肝臓病を患う。療養先の病院で絵画教室に参加したのが美術との出合いだったから、その表現に被爆体験の影響が濃いのは必然だろう。

広告ポスターの上に無数の爪のパターンが刷られたシルクスクリーンの作品


 80~81年頃に制作したシルクスクリーンの版画シリーズ「霊地」は、小さな三日月形のパターンを無数に反復する。三日月は父の爪の形であるという。爪で埋め尽くされた画面は、原爆に命を奪われた人々が、現世に必死に爪を立てた痕跡のように見える。

 「霊地」で確立された爪のパターンは、次の表現として広告ポスターや新聞紙の上に刷られるようになる。メディアは消費社会や膨大な情報の象徴。その上に爪を重ねることは、バブル景気前夜の日本で、過去が簡単に忘れ去られていくことを嘆く行為だった。

 作品は現代への懐疑的な目線から、視覚的な面白さも追求する。三日月形の無数の窓越しに見えるのは女性の顔、車の赤いボディーや観光地の砂浜。それぞれが隠されているようで逆に印象を強める効果がある。実は緻密に計算されていたに違いない爪の形の執拗(しつよう)なまでの反復からも、確かな力量がうかがえる。

 殿敷は山口県長門市で絵画教室を開いて美術活動に専念し、展覧会への参加や個展を重ねながら作風を変貌させていく。福岡市美術館の「第2回アジア美術展」(85年)には、廃材を焼き固めたインスタレーションを出品。同時期の他の作品では、廃タイヤやプラスチックごみも素材とした。

 共通するのは、忘れられ、不要とされたものへのまなざしだ。50歳で肝臓がんのため死去した殿敷。30年間のキャリアで絶えず新しい表現を求めたのは、自身の命が長くはないと悟っていたからだろうか。 (諏訪部真)
 

 

=8月21日付西日本新聞朝刊に掲載=

おすすめイベント

RECOMMENDED EVENT
Thumb mini ab6b97457a

マスターロード博多人形絵付け体験ワークショップ

2025/07/19(土)
福岡市美術館 1階 アートスタジオ

Thumb mini 3c8a64c989

つきなみ講座7月 松永耳庵 遺愛の茶道具

2025/07/19(土)
福岡市美術館 1階 レクチャールーム

Thumb mini 5bf1541646
終了間近

特別展
花の宮廷画家ルドゥーテ

2025/05/31(土) 〜 2025/07/21(月)
下関市立美術館

Thumb mini d7a446a03c
終了間近

開館25周年記念
珍獣、瑞獣、怪獣! ―シンボルの造形美

2025/06/07(土) 〜 2025/07/21(月)
出光美術館(門司)

Thumb mini 238af09937
終了間近

葬送のフリーレン展 ~冒険の終わりから始まる物語~

2025/06/22(日) 〜 2025/07/21(月)
福岡三越9階「三越ギャラリー」

他の展覧会・イベントを見る

おすすめ記事

RECOMMENDED ARTICLE
Thumb mini cdfa749b0d
コラム

【コラム】Hello Kitty展 福岡市美術館 ファンに寄り添い半世紀 歴代グッズ、特製イラストも

Thumb mini 9a7d771217
コラム

【コラム】九博だよ お宝集合<上>時代を代表する二つの鐘

Thumb mini a2f54a4246
コラム

【コラム】特別展「九州の国宝 きゅーはくのたから」 注目の〝お宝〟<下>国宝「日光一文字」「圧切長谷部」 官兵衛・信長と縁

Thumb mini 39e90b412a
コラム

【コラム】特別展「九州の国宝 きゅーはくのたから」 注目の〝お宝〟<上>戦い・交易 細やかに 国宝「蒙古襲来絵詞」 重文「唐船・南蛮船図屏風」 

Thumb mini 0a9752566e
コラム

【コラム】最強剣士9人に全集中 アニメ「鬼滅の刃」柱展 福岡市博物館 6月22日まで 原画を立体展示、音や映像の演出も

特集記事をもっと見る