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福岡市博物館 ミイラ「永遠の命」を求めて 多様な死生観と出合う 最新の科学的知見も紹介

2021/06/07 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 ミイラの秘密に科学の目を通して迫る「ミイラ『永遠の命』を求めて」(西日本新聞社など主催)が、福岡市早良区の市博物館で開催中だ。日本を含む世界中のミイラ42体が集結し、研究に基づく最新知見に触れることができる。多様な死生観や信仰、社会の在りようなどを伝える貴重な展示と会場の様子を、同展を監修した坂上和弘・国立科学博物館人類史研究グループ長の寄稿とともに紹介する。 (写真・納富猛)

会場には、世界中から集められた42体のミイラが展示されている

「ミイラとり」に憧れて 国立科学博物館人類史研究グループ長 坂上 和弘氏

 「ミイラとりがミイラになる」。このことわざは、人を探しに行った者が、逆に探される立場になること、または、相手を説得しに行ったにもかかわらず、逆に説得されてしまうことを意味します。

 少年のころ国立科学博物館でミイラの展示に出会って以来、私はミイラの魅力に取りつかれていました。このことわざを知ったとき、是非この「ミイラとり」になりたいと思ったものです。ただ、学校には「昆虫とり」の名人や「魚とり」の達人はいましたが、「ミイラとり」なんぞはどこを探してもいません。

エジプト中王国時代のミイラマスクに見入る観覧者

 いや、そもそもミイラは近辺に生息(?)していたり、落ちていたりするものなのか? 小説「スタンド・バイ・ミー」のように、ミイラを探す冒険に出てみたり、友人や先生に聞いてみたりした結果、私はすっかり「変なやつ」として認識されてしまいました。

 ちなみに、このことわざは日本オリジナルです。確認できる最も古いところでは、1766年に初演された浄瑠璃の演目「本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)」に見られます。もちろん、江戸時代に「ミイラとり」という職業があったわけではありません。

チャチャポヤ(ペルー)のミイラは、
包み布の顔部分に刺しゅうが施され、愛らしさを感じさせる

 「ミイラ」は薬、しかもかなりの高級薬として取り扱われていました。福岡藩の大学者、貝原益軒は「大和本草」の中で、「木乃伊(ミイラ)」は打撲骨折に効き目があり、労咳(ろうがい)(肺結核)や頭痛などにも効くと書いています。

 ではこの「ミイラ薬」なるものはどこから入手したのか。益軒は五つ説があるとして、「罪人を捕らえて薬にて蒸し焼」にして作られた説が最も信じられると述べています。興味深いことに、「砂漠の人々は石製や鉄製車に乗って行き来するが、強風によって車ごと倒され、砂漠の中でとろけてミイラになる場合がある。後世の人が熊手をもってミイラをとった」という説も、有り得ないとしつつ紹介しています。

 実際には、西洋人の商人が古代エジプトのミイラを収集し、はるばる日本まで運んだことが分かっています。

チャチャポヤのミイラは、時間をかけて観察する人たちが多い

 「ミイラとり」に憧れた少年は、成長して自然人類学者となり、エジプトにおける発掘隊の一員になります。ある発掘現場でミイラを発掘した瞬間、貝原益軒の珍説が脳裏をよぎりました。石製の車のような墓所や棺が砂漠に埋められ、後世の人間が熊手のように見えなくもない発掘道具を使ってミイラを掘り出している。つまり、自分は「ミイラとり」と言えるのではないのか⁉

 現在、ミイラは万能薬としてではなく、過去に生きていた人たちの姿かたち、生活ぶり、遺伝情報など、さまざまな貴重な情報を教えてくれる学術研究対象として取り扱われています。これらの情報は、ミイラになった人が生きていた文化における人生観や死生観なども教えてくれます。

1904年、オランダのブールタング湿原で発見され、
「ウェーリンゲメン」と名付けられた2体のミイラ

 現代日本を生きる私たちにとって、過去に存在していた多様な価値観を知ることで、より豊かな人生の手がかりになるかもしれません。(寄稿)

=(6月4日付西日本新聞朝刊に掲載)=

 

●さかうえ・かずひろ
 東京大大学院理学系研究科博士課程修了。自然人類学者であり日本では極めて少ない法医人類学者。遺跡から出土した古人骨から、法医学分野で取り扱われるものまで、幅広い地域・時代の人骨やミイラを研究している。

●ミイラ「永遠の命」を求めて
 6月27日(日)まで、福岡市早良区百道浜3丁目の市博物館。月曜休館。一般1600円、中高生1200円、小学生600円。福岡展事務局(西日本新聞イベントサービス内)=092(711)5491(平日午前9時半~午後5時半)。緊急事態宣言の間はミイラ展以外の館内施設は閉鎖中。

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