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福岡県立美術館「みんなの画材」から見えてきたこと(寄稿:福岡市美術館学芸員 忠あゆみ)

2026/02/20 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 福岡県立美術館で開催中の展覧会「みんなの画材―山本文房堂の的野さんは、野見山暁治さんとともにこの街を励まし続けた」(3/8まで)について、福岡市美術館学芸員の忠あゆみさんがテキストを寄せてくださいました。福岡という場所で奇跡的に生まれた「美術」という営み――ご堪能ください。
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 とつとつと語り出すようなタイトルが印象的なこの展覧会は、福岡市の画材・額縁店、山本文房堂主人・的野恭一(1930-2022)と画家の野見山暁治(1920-2023)の交流を軸に、画材店を中心に発生した表現の磁場に光を当てる企画だ。
 的野は、安定した画材の供給、発表の場を設けること、美術を通して表現しようとする人々のモチベーションを支えることをライフワークとしてきた。野見山は的野の活動に共鳴し、主要拠点の東京に加えて福岡にアトリエを構え制作を続け、また的野が手掛ける公募展にもかかわりつづけた。野見山・的野それぞれの仕事の展示だけでは語りきれない「盟友」二人の絆が、会場内の資料を通して示される。
 
 展覧会の最初の部屋には、炭鉱経営者の息子として生まれた野見山が長年愛してやまなかった《産声をあげる神野山》(2004年)が特別陳列されている。

会場風景
写り込んでいるのは《産声をあげる神野山》野見山暁治  2004年 株式会社戸髙鉱業社蔵

 大分の鉱山を主題とした本作は掘削された岩肌と緑の対比が印象的で、自然と人間との拮抗関係を具現化した姿ともいえる。本作の制作の最終段階において、野見山は的野とともに現場に赴いている。作品を縁取る赤みのある木製の額縁は、野見山の思いを理解し的野が手掛けたものである。会場内には、的野が個人で楽しむための額装を披露されている一角もあり、注目に値する。

 本展で大きなスペースを占めるのが、東京藝術大学の版画研究室のメンバーによるグループ「アトリエC-126」の版画展示だ。彼らは、毎年冬に画廊でグループ展を開催するとともにカレンダーを制作・頒布した。中林忠良、野田哲也などの歴代メンバーと招待作家が腕を振るった作品がちりばめられたカレンダーは見ごたえがある。

アトリエC-126(東京藝術大学版画研究室)のカレンダーが並ぶ展示風景
福岡県立美術館蔵(的野コレクション)

 この活動は研究室内のコミュニケーションを生み、さらに多くの人々を版画の世界へ誘った。東京で始まったこの活動を福岡でも開催するきっかけを作ったのは 、招待作家として呼ばれた野見山であったという。野見山は的野に声を掛け、福岡では山本文房堂が発表の場となった。本展の会場には的野自身の版画コレクションも並ぶ。貸しギャラリー協力の枠を超えた、版画芸術への共鳴がそこにあった。

 もう一つの見どころは、「サムホール公募展(山本文房堂主催)」の紹介だ。22.7cm×15.8cmのサムホールサイズの支持体に描くことだけを条件に応募者は思い思いに描く。1989年に的野の呼びかけによって発足されたこの公募展の審査を野見山は最終回の27回まで務めた。歴代の最優秀賞作品の一つ、丹念に花の造形を追った《鶏頭》を見ていたら、「人間は手をもってやっていく仕事、作業というものを終わらせてはいけない。人間というのはやっぱり自分の体で触って、そして自分で作っていくのが最高なんです。」(部分編集) という野見山のコメントが聞こえきた。会場モニターには福岡県立美術館を会場に1点1点を丁寧に見て、応募者の前で公表していく姿が映し出されていた。

第4回(1992)サムホール公募展講評会風景 撮影:的野恭一、画像提供:株式会社山本文房堂

 会場の最後の壁には、応募者への記念品として配られたペン画《アトリエより姫島を望む》のコピーが展示されている(下記、画像)。コピーであるが野見山の直筆サイン入り。制作に励んだ参加者へのねぎらいの思いが込められている。この作品は、「ケースに入れようと思っていたけど、絵を描く人々を励まそうというふたりの想いがこめられたこの街の大切なイメージ」 という学芸員の意図により、きちんと壁面に飾られていた。

 10センチ四方の作品を散りばめたカレンダーやサムホール作品など、小品が多く並ぶ展示空間は、美術を楽しむことにさまざまなアプローチがありえることを教えてくれる。著名作家の作品と公募展に背中を押された作り手の作品、公共空間に置かれたシンボリックな作品と親密な世界へと誘う作品 。そうした大小さまざまな営みに目を向けることで、「小さな芽を育てること」が文化の土壌を豊かにするのだと実感させられる。

 的野と野見山の長年の仕事を眺めていると、「なぜ二人はこれほどまでに粘り強く、街を励まし続けられたのだろうか?」という問いが浮かぶ。モニターから流れる「私が油絵を始めた時は油絵というもの自体、西洋の匂いがした。」 (部分編集)  という野見山の言葉がその手掛かりとなるのかもしれない。二人を結び付けていたものは、「油絵具」であり、画材そのものの魅力であった。旧制中学時代、野見山は中洲の山本文房堂まで故郷・筑豊から 八木山峠を越えて自転車で画材を買いに行ったという。

 ふと、福岡市美術館で自分が担当している開催中の浦川大志の個展「スプリット・アイランド」を思い出した。浦川の作品は、アクリル絵の具・ジェッソ・木パネルを主な画材として用いる。キャンバスに油絵具を用いた野見山とは一見正反対であり、一見すれば野見山が「インスタントな絵画」として避けてきた手段を積極的に用いる若手作家である。しかし両者「手仕事へのこだわり」という点できわめて似通っている。(自転車で宗像市から福岡市へ出て、美術に触れようとした浦川の姿勢も、野見山の美術に向かうひたむきさという点で近しい)。浦川にとってアクリル絵の具は、限られた時間と状況下で自由な制作を手放さないために欠かせない素材である。

福岡市美術館で2階展示室ロビーの壁画を手掛ける浦川大志。
同館では「浦川大志個展 スプリット・アイランド」開催中(3/22まで)
(撮影:竹久直樹)

 福岡市美術館から自転車で20分弱走ると、福岡県立美術館に到着する。二つの展覧会を行き来することで、「みんなの画材」=みんながのびのびと制作に励める環境が得難いものであること、個人のひたむきな積み重ねによって作られるものなのだと、思い知らされた。

左:的野恭一、右:野見山暁治
撮影:木原千裕、画像提供:忘羊社

福岡市美術館学芸員 忠あゆみ

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