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奇想の皇帝(下)森羅万象の主・ルドルフ2世

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アルトネ編集部
2017/12/06
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福岡市博物館で12月24日まで開催中の「神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展」では、「奇想の皇帝」として知られたルドルフ2世の収集物やゆかりの品々を紹介しています。西日本新聞の記者が海外・国内を取材し、美術品が辿った軌跡を全2回でお届けします。(アルトネ編集部)

プラハ城近くにあるストラホフ修道院図書館の「神学の間」には天球儀も置かれていた

 ハプスブルク家の栄華そのものが詰め込まれているような美術館だった。オーストリアのウィーン美術史美術館は、ルドルフ2世(1552~1612)を含む歴代君主のコレクションが収められている。彫刻、壁画、大理石で飾られた驕奢(きょうしゃ)な吹き抜けの階段を上がると絵画ギャラリーにつながる。宗教画、風景画、肖像画などが壁一面を埋め尽くす中でひときわ異彩を放つ絵画があった。

アルチンボルドの「火」(右端)と「夏」(左端)。
中央はルドルフ2世の肖像画=オーストリア・ウィーン美術史美術館。「火」「夏」は本展には出品されていない


 「夏」と題した作品は、トウモロコシやズッキーニなどの野菜を組み合わせて人間の顔を描いている。対して、火打ち石、オイルランプなどを寄せ集めた人物画は「火」と名付けられている。作者はアルチンボルド。ルドルフが愛した宮廷画家である。
 ミラノ出身のアルチンボルドはもともとステンドグラス職人だった。36歳の時にウィーンに移り、宮廷に入った。「夏」は連作「四季」、「火」は連作「四大元素」の一つとして描かれ、ルドルフの父マクシミリアン2世にささげた。こうした擬人画の到達点とも言うべき作品が、開催中の特別展「ルドルフ2世の驚異の世界展」で展示されている「ウェルトゥムヌスとしての皇帝ルドルフ2世像」だ。60種以上の野菜、果物、草花で皇帝を描いてしまう大胆さ。さぞ立腹しただろうと思いきや、ルドルフは喜んだ。ウェルトゥムヌスとは季節、基本元素をつかさどる神のこと。森羅万象の主である皇帝という寓意(ぐうい)を読み取ったのだろう。

 

ジュゼッペ・アルチンボルド
《ウェルトゥムヌスとしての皇帝ルドルフ2世像》1591年、油彩・板、
スコークロステル城、スウェーデンSkoklosterCastle, Sweden


 「バラバラのものが統合される喜びに引きつけられたのでは」。ルドルフの時代に広がった反古典主義的な美術潮流「マニエリスム」に詳しい大妻女子大教授(ヨーロッパ文化史)の高山宏さん(70)はそう話す。確かにサーフェリーの作品も多くの動物と人間の調和を描いていた。アルチンボルドの作品は究極の調和である。
 ただ、調和への渇望とは、現実がそうでないことの裏返しでもある。当時は宗教対立が激化。オスマン帝国の脅威にもさらされ、国家という存在が絶対的だと信じられなくなった。また、天動説から地動説へ移行し、ルドルフのもとで宮廷付き数学官(天文学者、占星術師)を務めたケプラーが楕円(だえん)軌道の法則(ケプラー第一法則)を発見するなど従来の常識が崩されていく時代だった。
 マニエリスムは一般的にルネサンスとバロックの端境期にあたる西洋絵画史上の時代区分だが、高山さんは社会状況、人間の精神の問題も含めて捉える。かつての神、皇帝が「円」の中心にいて説明できた世界から、中心が一つではない「楕円」がキーワードとなる世界に移行する。それがマニエリスムの時代を覆った精神性だと高山さんは指摘する。「マニエリスムとは複数の中心に引き裂かれた状態の表現様式なんです」

 

聖ヴィート大聖堂の時計の下部にはルドルフ2世の頭文字「R」のマークが掲げられていた


 “驚異の図書館”とも言うべき場所がプラハにある。中世以来の28万冊の蔵書を誇るストラホフ修道院図書館には、ルドルフの時代の書籍も数多く収蔵されている。膨大な本の中から司書のヤン・ピシュナさんが1冊を取り出した。当時の社会、王族の様子、歴史などが記された分厚い本の題名は「親愛なるルドルフ」。民衆の評判は意外に良かったのかもしれない。ほかにもルドルフの侍医の著作もあった。ピシュナさんは「彼は錬金術師でもあり、内容も医学、科学、錬金術と多岐にわたる。当時は学問の領域が明確に分かれていなかった。今を基準に考えてはいけません」と言う。
 政治を投げ出して、芸術、魔術にのめり込んだ-。最初にイメージしていたルドルフ像は、ゆかりの場所を巡り、話を聞くにつれて変わった。引き裂かれ、不安定化する世界だったからこそ、芸術家も科学者も占星術師、錬金術師も区別せずに登用し、宇宙や自然、社会に潜んでいるはずの調和を求めた。それがルドルフにとっての政治だったのだろう。
 思い返せば高山さんは「マニエリスム循環説」を唱えていた。戦争や災害などが人間の心理にネガティブに働くマニエリスム的な社会は繰り返しやってくるとの説だ。“分断”が叫ばれる現代も「円」ではなく「楕円」の時代と言えるかもしれない。
 旅の最終日、再びプラハ城を訪れた。高くそびえる聖ヴィート大聖堂のたもとには大勢の観光客。彼らを見下ろすようにルドルフの時代に取り付けられた時計は、今も変わらず時を刻んでいた。 (小川祥平)
=12月2日西日本新聞朝刊に連載=

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