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“自撮り”NGの名画「可愛いイレーヌ」【コラム】

2018/07/02 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

九州国立博物館(福岡県太宰府市)ですごい絵画展が開かれている。マネ、モネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ…と「印象派」「ポスト印象派」と呼ばれた巨匠たちの傑作を集めた「至上の印象派展」。滅多にお目にかかれない名画ぞろいと聞き、目に焼き付けようと訪れて驚いた。目玉作品の一部がなんと撮影を許可されていたのだ。
九州国立博物館の公式ホームページ
 

「至上の印象派展」で展示中のルノワール「可愛いイレーヌ」をスマホなどで撮影する来館者ら。ストロボ使用や自撮りなどは禁止なので要注意=福岡県太宰府市の九州国立博物館(撮影・木村貴之)

スイスの実業家エミール・ビュールレ(1890-1956)が第2次世界大戦の戦中戦後に収集した64点(1点は彫刻)を展示。没後に設立された財団が管理するコレクションから厳選されたものだ。2008年、作品が所蔵される邸宅に武装窃盗団が押し入り、ゴッホやモネ、セザンヌ、ドガの絵画4点(被害総額175億円)を強奪する事件が起きたが、その後、すべて無事に奪還。その被害に遭った4点も並び、話題を集めている。

撮影OKは、ルノワールの「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)」(1880年)とモネの「睡蓮の池、緑の反映」(1920-26年)。「可愛いイレーヌ」は、深い緑の茂みを背景に栗色の豊かな髪と色白の少女が光を浴びる姿が美しく、「絵画史上最強の美少女」とも。「睡蓮の池」は横幅が4メートルを超える大作で、「門外不出の最高傑作」と称された。ともに周りにはデジカメやスマートフォンを構えた若者らが群がり、空間にはシャッター音が響く。全体的に息をのんで鑑賞する来館者が多い中、この2カ所だけは何となく異質に映る。

九博によると、05年の開館以来、常設以外の展示物の撮影許可は昨年の特別展「タイ〜仏の国の輝き」に続き2度目で、絵画展では初めて。印象派展は東京、福岡、名古屋の順に開催の巡回展だが、「可愛いイレーヌ」も撮影できるのは今のところ福岡だけだ。「展覧会を訪れた体験を形にしたい」という来館者の要望を受け、撮影OKを決めたらしい。

福岡県太宰府市の九州国立博物館。太宰府の緑に囲まれ、優雅な曲線をなすガラス張りの施設が悠然とたたずむ=6月中旬

そもそも、なぜ名画は撮影NGなのか。主な理由は作品の保護、著作権・所有権の侵害防止、館内の混雑・混乱の回避―にある。薄暗い展示室でのストロボ発光は作品の劣化を進め、三脚は凶器になりかねない。撮った写真の取り扱いにも警戒の目が光る。勝手に画集でも作られたら多大な不利益につながるだけに、性悪説的な対応を取らざるを得ないわけだ。

来館者たちが「可愛いイレーヌ」の写真を添えてツイッターに投稿したメッセージ。口コミ効果が期待される
(画像を一部加工)

しかし、近年は撮影制限が緩和されつつあるようだ。背景にはデジカメの進化とSNSの普及。今どきのカメラは薄暗くても無発光撮影が可能になった。SNSには口コミ効果で集客アップの期待が高まる。ツイッターには「可愛いイレーヌ」の投稿が相次いでおり、PR効果がうかがえる。


メリットは他にもある。「出合った名画に親近感を抱けば、背景にある歴史やストーリーにも関心が深まり、アートを探究するきっかけになる。これが最大の狙いかもしれません」。九博の小泉惠英(よしひで)学芸部長は力説する。ただ、今回のストーリーはかなりディープだ。

ルノワールが描いたイレーヌは、パリに住む裕福なユダヤ人銀行家の3人姉妹の長女で、当時8歳だった。19歳で銀行家と結婚し、長男長女を授かったものの、別れてイタリア人伯爵と再婚。肖像画は銀行家との間に生まれた娘に引き継いだ。その後、彼女は2度の世界大戦を生き抜いたが、第1次大戦で長男が戦死、第2次大戦中に長女と2人の妹が強制収容所で死亡。肖像画はナチスに奪われ、ヒトラー側近のゲーリングが所蔵した。戦後、絵は彼女の元に返ったが、再び手放すことに。買い取ったのがビュールレだった。

ルノワールの「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)」。
モデルの少女、作品ともに数奇な運命をたどり、ビュールレの入手も因縁を感じさせる(一部、撮影・木村貴之)


彼には二つの顔があった。名画収集家として。そして参戦国に敵味方なく兵器を売りさばく武器商人として。戦争で財をなし、資産を名画につぎ込んだビュールレ。兵器はナチスにも流れていたといい、「可愛いイレーヌ」の購入は、浅からぬ因縁を感じさせる―。

さて、名画撮影に話を戻して。撮影OKの名画2点のうち「可愛いイレーヌ」は、自分自身を撮る「自撮り」や、家族や友人らを作品と一緒に写し込む撮影は厳禁なのでご注意を。視線を外したまま作品に近づき、万一の転倒を防ぐためだ。昨年は米国で、一昨年はポルトガルで、美術館の来館者が自撮り中に展示物を倒し、高額な被害額が取り沙汰された騒ぎがあり、それが教訓になっている。ちなみに「イレーヌ」の価値を九博に聞くと、「非公表。想像に任せる」と即答。名画の撮影時は心してレンズを向けてほしいものだ。=6月25日付qbiz 西日本新聞経済電子版掲載=

木村貴之(きむら・たかゆき)
1994年から西日本新聞記者。趣味は釣りとエレキギターの手入れ。
好きな映画は「椿三十郎」「八つ墓村」「ナチョ・リブレ」。
音楽はレッド・ツェッペリン「貴方を愛し続けて」、
寺井尚子「ジャズ・ワルツ」、里見洋と一番星「新盛り場ブルース」

 

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