至上の印象派展 ビュールレ・コレクション
2018/05/19(土) 〜 2018/07/16(月)
09:30 〜 17:00
九州国立博物館
木下貴子 2018/06/07 |
東京の国立新美術館で大好評を博した展覧会「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」。ついに、九州国立博物館にて開幕しました。初日の5月19日(土)には、ゲストキュレーターの深谷克典氏(名古屋市美術館副館長)を講師に迎え、講演会「印象派の至宝を楽しむ。ビュールレ・コレクションの名画の数々」が開催されました。本展出品作を題材に、作品の見方や特徴、エピソードなど、2時間にわたって繰り広げられた深谷氏のお話をダイジェストにてお届けします。これから展覧会に行こうと思っている方はもちろん、すでに展覧会を見た方も必読の「名画の楽しみ方」。本展の魅力がますます深まります。
本展の柱となっている19世紀後半の印象派から20世紀初頭のエコールド・パリのフランス美術を専門にする深谷氏。話はまず、ビュールレ・コレクションの説明から始まりました。
「ビュールレという名前を以前から聞いたことある、知っている方、いらっしゃいます?」という深谷氏の問いかけに、会場内で挙がった手はわずか3人。「この会場には200人以上いらっしゃるので、大半の方はご存知ないということですね。ビュールレ・コレクションはすばらしい第一級のコレクションをもちながら、実はほとんど知られていません。というのも、いままで展覧会をほとんどやったことがなく、基本的に外部に貸し出しをしないコレクションなんです」と話します。
コレクターが学生時代にきちんとした美術史を勉強し、そのバックグラウンドによってコレクションを集めたというのがビュールレ・コレクションの特徴の一つ。「単に好きな作品を集めたというだけではなく、体系的に、歴史的な位置づけのなかで作品を紹介しようという意思をもってコレクションしたというところが、ほかの個人コレクションと違うところです」。世界中を相手に商売し、巨万の富を得、1936年より収集をはじめた、ビュールレ氏。亡くなるまでの20年間にコレクションを築きあげました。「目録に残っているのは600点ほどですが、数は問題ではありません。とにかくクオリティが高い、ものすごく高い。単に有名作家の作品をもっているというのではなく、それぞれの作家の、これぞ代表作!というものを集めていらっしゃる。大学で研究しただけでなく、ものを見る目があったのでしょう。そして、いいものを見たらお金を惜しまず手に入れる。そういったやり方でこのコレクションを築きあげたんです」。
10のセクションに分かれて構成される本展の、それぞれの章の特徴をお話された後、いよいよ作品についての解説です。
最初に紹介されたのは第1章「肖像画」より、本展で一番古い年代の作品となるオランダの巨匠フランス・ハルスの作品と、19世紀前半にフランスで活躍したアカデミズムの大巨匠ドミニク・アングルの作品でした。
「ぱっと見た時、右の絵の方が古いように思いませんか? でも実は右の絵の方が150年ほど後の作品になります」と深谷氏。「右の作品は一瞬、写真かと思うほど極めて端念で、まったく筆あとが残ってない。なおかつ、シルクだったり金の縁飾りだったり、質感表現が見事としかいいようがないほどすばらしい。とにかくうまい。アングルほどうまい人はいないんではないでしょうか。逆に左の作品は、19世紀後半に描かれたの?と思ってしまうほど非常に大胆。筆跡もはっきりしていて、スピード感、雰囲気があります。絵をみた時に、筆の痕跡が我々の印象に強く働きかけ、ものすごく生き生きと感じます」。
今回の展示のなかで唯一の彫刻作品である、ドガの14歳の少女をモデルにしたブロンズ作品。
「実はドガは、生前はまったく彫刻作品は発表していませんでした。唯一の例外がこの作品で、1881年の印象派の展覧会で発表したものです。ドガは彫刻を作ることが目的だったわけでなく、踊り子の身体の動きやポーズを研究するために彫刻を作っていたようです。単純に例外というだけでなく、着衣した人物像というのも珍しく、なおかつ本物の衣装を彫刻に着せている。髪のリボンも本物が結ばれています。ワシントンのナショナルギャラーにはワックスで作られたこの作品の元となるオリジナル彫刻が所蔵されていますが、そちらはトゥシューズも本物、さらに髪も人毛を使っているようです」。
本展のメインヴィジュアルとなっている《イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)》。すでにあらゆるメディアで紹介されていますが、改めて深谷氏の話を聞くと、まだまだ知らない作品の秘密が解き明かされます。
「ルノワールにとって一つの転機になった作品です。彼はモネとならんで印象派を代表する作家ですが、当時は絵も売れず、苦しい生活を余儀なくされ、画家としてもなかなか認めらませんでした。それで30代の半ばという年齢になって、次第に方向転換しはじめるんですね。やっぱり印象派だめだよ、受け入れてもらえない、アカデミックの方にちょっともどろうと。そのときに描かれたのがこのイレーヌ嬢です」。
「僕らの眼から見たら全然アカデミックの作品ではなくて、19世紀の人物像を代表する作品の1点ではないかと思いますが、当時の人たちにとっては、あるいはルノワールにとって方向転換した作品です。一番大きいのは光の扱い方。屋外で描いているにもかかわらず、光が極めて均一。まるで写真スタジオで照明をあてたかのように光が均一にモデルさんにあたっています。なおかつ筆の使い方。特に顔のあたりを見ていただくと、極めて入念な、筆跡を一切残さないような、非常に鍛錬された筆の使い方がされている。かたや手やスカートのあたりを見ていただくと、筆跡がはっきり残されている。一方でアカデミックな古典的な表現や光の使い方をしながら、もう一方でまだ印象派の技法を引きずっている。そういう二つの要素がうまくバランスをとって表現されたているため、非常に多くの人たちに受け入れられやすいんでしょう」。
このあと、セザンヌの《赤いチョッキの少年》、ゴッホの《日没を背に種をまく人》、モネの《睡蓮の池、緑の反射》などいくつかの名画の解説がされるなか、興味深かった一つのエピソードがこちらです。
「1939年6月、スイスのルツェルンでナチスが略奪した美術品のオークションが行われました。このオークションに参加したビュールレ氏は、ゴッホの自画像を手に入れたかったらしいんですが、落札できませんでした。それから何年かたって、(下図)左の作品がどこかの画商から持ち込まれたらしいんです。あのとき落札しそこねたものと同じような作品がでてきたということで、ビュールレ氏は喜び勇んで入手したけれども、それがまっかな偽物でした。ほかにも彼はレンブラントなど何点かの偽物をつかまされたことがあったようですが、そのなかの1点ですね。かなり高い勉強代になったらしいです」。
最後に一つ、深谷氏からお願いがありました。本展では、イレーヌ嬢の作品と、モネの睡蓮の2点が会場内で撮影ができるのですが、会場でたくさんの人が作品に群がって写真を撮る様子を見て、「SNSなどで拡散していただけるのは主催者として嬉しいんですけど、私、昨日10分ほど会場に立ってみなさんの様子を見ていたんです。すると、写真を一生懸命撮るだけ撮って、絵を見ないで行っちゃう方がほとんどでした。せっかくスイスから長い距離を飛んできて、ここでようやく現物の作品を見ることができるというのに。イレーヌ嬢も睡蓮もやっぱり図版で見るのと本物と違うんですよ。特にイレーヌ嬢なんて全然違いますから。写真を撮っていただいても結構ですので、とにかく絵をじっくりご覧になってお帰りになってください」。
筆者も直前に見た展覧会で、同じような感情を抱きました。まさに、すばらしい作品と対峙できる絶好の機会ですので、どうぞその眼を大きく見開いて存分にご堪能ください。
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