闇に刻む光 アジアの木版画運動 1930s-2010s
2018/11/23(金) 〜 2019/01/20(日)
10:00 〜 20:00
福岡アジア美術館
2018/12/14 |
会場を埋め尽くす約340点の木版画が、アジア各地の名もなき民衆たちの息づかいや怒り、そして哀切を雄弁に訴えてくる。作品の多くは、若い作家や正規の美術教育を受けていない人々が身に迫る状況に反応して生まれたものだ。ざくざくとした荒々しい彫り跡、黒と白の明暗対比による硬質な画面が展覧会向けの美術作品とは別物の異質なエネルギーを放つ。
福岡アジア美術館(福岡市博多区)で開催中の「アジアの木版画運動」展は、近代化の歴史の中で木版画が演じた役割を見つめ直す試み。木版画作品を通して、植民地からの独立、独裁政権からの民主化、過酷な労働条件の改善など、1930年代以降のアジア近現代史を貫く抑圧された民衆による「抵抗」の歩みを浮き彫りにし、民衆の根源的な衝動や表現行為の歴史をすくい上げている。
木版画は身近な安い材料と子どもにもできる簡単な技術で絵を複製できるのが特徴。誰でも自分の気持ちを多くの人に伝えたり、身の回りの出来事を知らせたりできる。その特徴を本展では民衆や個人の「声」を伝え、異なる時代と地域をつなぐ大衆メディアとして捉える。その象徴の一つが韓国の美術家洪成潭(ホンソンダム)の連作「夜明け」だ。
軍事独裁政権下の韓国・光州市で1980年5月に民主化を求める市民を軍隊が武力で鎮圧し、多数の死傷者を出した「光州事件(光州民主化運動)」を描いた50点のうち15点を展示している。市民に警棒を振るう軍隊、殺された弟の遺体にすがって泣く人、行進するデモ隊。版画は規制をかいくぐり国内外に広く伝えられた。市民がたくましく生きる姿や、苦しみと希望の兆しが刻まれた作品群には、報道が機能しない中で民衆弾圧の真実を知らせるには版画しかなかった切実さがこめられている。
展示はオリジナルプリントに限らない。全体の約4割を複製印刷物が占める点も、版画が複製を重ねることで多くの人の目に届く特徴を表している。交通や通信の手段が限られていた時代、複製がたやすい木版画だからこそ国境を越え、情報や思いを共有する役割を果たした。本展を企画した黒田雷児運営部長は「共通の状況に置かれて、自由や平等を求める共通の目標を持つ世界各地の人々によって図像が共有されていった」と指摘する。
ベトナム戦争が深刻化した70年代には、中国作家の林軍(リンジュン)が制作した「血が染み込んだ大地」の図像が、パキスタンやインドネシア、米国に広がり、作品や雑誌の表紙に使われた。ライフル銃と本を持ち、幼児を抱えたベトナム女性兵士というイメージが、反帝国主義運動や女性解放闘争のシンボルとして拡散された。共感によって国境を越えて拡散されていく様子は、今日のSNSの先駆けともいえる。
木版画による民衆の抵抗は過去の事象ではない。インターネットが普及した現代でも、インドネシアやマレーシアのパンクバンドや美術家らが結成した集団は木版画を使い、政治の腐敗や環境破壊を告発。2014年に台湾の学生や市民が中国とのサービス貿易協定に反対して議場を占拠した「ひまわり学生運動」でも制作された。
20世紀初頭の植民地時代から今日の反グローバリズム運動にいたるまで、木版画は民衆の手によって物語を彫る行為であり、民衆の抵抗の魂を映し出す表現である。テクノロジーが発達し、情報メディアが進化しようとも、民衆が何者かに抵抗するとき、これからも木版画は彫られるだろう。 2019年1月20日まで。=12月6日 西日本新聞朝刊に掲載=(佐々木直樹)
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