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空海からうけつがれ1140年間 使い守った寺宝【コラム】

2019/02/05 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 長い廊下を何度も曲がってたどり着いた三宝院(さんぼういん)弥勒堂(みろくどう)で、普段は非公開の弥勒菩薩(ぼさつ)坐像と対面した。鎌倉時代の仏師快慶の傑作で重要文化財。柔らかな金泥の光に包まれた端正な姿に目を凝らすと、台座部に付いた小さな白い塊に気づいた。もしかして、ろうそく?
 ここは京都山科盆地に広大な寺域を誇る醍醐寺。三宝院はその本坊的存在で、建造物のほとんどが国宝・重文に指定されている。その中でも年1回の護摩行や毎日の勤行があり、本尊に付着したろうも灯明を消す際に飛んだもの。寺宝の管理を担う長瀬福男公室長は「消すときは気をつけるように言っているんですが」と苦笑いを浮かべる。真言密教の一大拠点であり、「加持祈祷(かじきとう)や修法(すほう)を重視する実践の寺」という看板はどうやら伊達ではなさそうだ。

塔台の一つで護摩をたく醍醐寺の僧侶たち。「文化財という意識はない。本来の目的で用いて、心を込めて祈り大事にしてきたから寺宝として残った」と語る。

 唐から密教を伝えた空海の孫弟子に当たる聖宝(しょうぼう)が874年、笠取山頂に広がる上醍醐に開山。それから約1140年の間、現世利益を求める人々の願いと向き合ってきた。鎮護国家や除災など、祈りの目的に応じて本尊として制作した仏像や仏画をはじめ、今日伝わる寺宝は約15万点。うち国宝約7万6千点、重要文化財は400点を超す。
 それがどんなに貴重な文化財であっても、寺にとっては一義的に信仰の対象。本来の用途で使うことで守り、受け継ぐ姿勢を貫いてきた。

醍醐寺を象徴する国宝「薬師如来坐像」(平安時代、10世紀)。
千年以上もの間、僧侶や信者たちの祈りによって守られてきた。=画像提供・奈良国立博物館

 膨大な宝物は火や水に弱い木や紙でできている。千年以上も守り継いできた苦労は計り知れない。博多の宋商人を通じて入手したとみられる6千帖以上ある国宝「宋版一切経」を安置していた上醍醐の経蔵も1939(昭和14)年の山火事で焼失したが、一切経はすんでのところで被災を免れた。
 戦禍や時勢の危機も数知れず。そのたびに歴代座主の信念のもとで寺宝を守ってきた。初代から数えて103世の仲田順和座主は「偶然残ったのではなく、残そうという強い意志があってこそ」と強調する。
 室町末期の応仁の乱では、笠取山の山裾に広がる下醍醐の寺域のうち、五重塔を除く伽藍(がらん)が灰になった。当時の義演座主が豊臣秀吉の援助を受けて再興。三宝院には秀吉自ら設計した庭園が今も残る。

応仁の乱後の再興に尽力した豊臣秀吉が「醍醐の花見」の際に設計した三宝院の庭園


 明治維新後は、「神仏分離令」に始まる新政府の宗教政策で寺院の経営基盤が揺らいだ。他の寺が財源を得るために文化財を海外に流出させる中、当時の座主は「一切の宝物を一紙たりとも寺の外に出さない」と決め、管理していた約3千の末寺を他の寺に譲って資金を得て乗り越えた。

 2010年に就任した仲田座主は「生かされてこそ文化財」という考え方を掲げ、信仰と保存の両立に知恵を絞ってきた。寺宝のほとんどを、足場のいい下醍醐の霊宝館で保管して展示公開するほか、古文書や仏像、工芸品、建築物の障壁画などの文化財をデータベース化して科学的な管理を進める。

聖宝ゆかりの「如意輪観音坐像」(平安時代、 10世紀)として寺内で特別に信仰されてきた。=画像提供・奈良国立博物館 


 醍醐天皇の発願で造営された上醍醐・薬師堂の本尊である国宝「薬師三尊像」も下醍醐に移して公開している。現存する仏像や仏画は宗教行事の本尊として守られてきただけに、従来拝まれてきた場所で残す方がいいとの意見もある。それでも仲田座主は多くの人の目に触れる機会を設けることにこだわる。
 「ものを大切にするあまり、ものを大切にする心を育てることを忘れてはならない。いくら貴重でも実際に見たことがなければ実感できない」
 公開は寺域内にとどまらない。国内だけでなく海外でも積極的に展覧会を開いている。16年に中国の2都市で開催した際には約80万人を動員した。文化財公開の意義を社会に問いかけ、寺宝を活用した積極的公開の取り組みは、文化財を大切にする心を育む「無言の説法」のようでもある。 (佐々木直樹)=2月1日 西日本新聞朝刊に掲載=

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