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寺田政明 没後30年展 北九州市美で 画業支えた声なき弱者への慈愛【コラム】

2019/07/03 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

会場を埋める作品が、記憶の引き出しからパブロ・ピカソの言葉を誘引する。「芸術は飾りではない。敵に立ち向かうための武器なのだ」。天才画家は、1937年のナチス・ドイツによる祖国スペインへの無差別空爆に対する憤りを「ゲルニカ」に込めて、この暴挙を世界に告発した。日本でもファシズムの嵐が吹き荒れた同時代、ピカソのような直情型ではなく、優しいまなざしで対象を見つめ、ヒューマニズムの立場で静かに時代を表現したのが北九州市八幡東区出身の洋画家寺田政明(1912~82)である。

日本のシュールレアリスムを代表する寺田の没後30年を機に画業を振り返る展覧会が、古里の北九州市立美術館で開かれている。16歳で上京した寺田は、画家の松本竣介や長谷川利行らと画風を模索。福沢一郎の作品に影響を受け、緊張感のある超現実的な作品を制作していった。今回は油彩や素描など同館の収蔵品約100点を展示している。
寺田が美術の世界に身を投じた1930年代は自由な表現が禁じられた時代。31年の満州事変で軍による政治への圧迫が強まると、さらに二・二六、盧溝橋など文民統制が及ばない事件が続き、泥沼の日中戦争へと突入していく。庶民は迫りくる死の影におびえ、精神的な不安感が社会にはびこった。

《生物の創造》1939年 北九州市立美術館蔵

前衛芸術に対する弾圧も強まる中、寺田は弱いものや小さいものに自己の心情を託した。第2次世界大戦が始まった39年に発表した「生物の創造」は、画面中央の樹木と一体化したような奇妙な生き物が物言えぬ庶民を投影しているように映る。色彩を極端に抑えた暗褐色の闇の中から、息を潜めて不安が渦巻く社会を凝視する様子は、沈思黙考する寺田の社会への冷徹なまなざしとも重なる。
日中戦争の発端となった盧溝橋事件が起こった37年に独立美術協会展に出品し、協会賞を受賞した「街の憂鬱(ゆううつ)と花束」は、明るさと暗さ、現実と幻想、平穏と不安など、相反するさまざまなイメージが複雑に重なりあう。芸術に懸ける若い情熱と、立ちはだかる閉塞(へいそく)感が混じり合った不穏な気配も感じさせる。
敗戦後は、憧れだった渡欧の実現が作風にも影響を与え、明るい色調の作品も生まれた。だが、弱く小さな存在へのまなざしの温かさは透徹している。展覧会を担当する山下理恵学芸員は「自由に表現活動ができない戦争経験と合わせ、子どもの頃に大けがを負って足が不自由だった寺田もまた弱者の立場にいたからではないか」と指摘する。

《朽ちた船》1968年 北九州市立美術館蔵


晩年には廃船や寂れた港の風景などを描くようになる。戦前や戦中よりも具象性の強い油彩「朽ちた船」(68年)は、長年の役目を終えて永遠の休息に向かう廃船への敬意がにじむ。
油彩画と同様に高く評価を受けているデッサンも数多く展示している。寺田は「絵は線が生命である」と語り、朝から晩まで、時間があれば常に絵を描いていたという。繊細で鋭角な線、柔らかな線、太く力強い線。描く自由を抑圧された時代を、絵筆を武器にくぐり抜けてきた画家の生きざまが多彩な線の力の源泉になっている。(佐々木直樹)=6月25日 西日本新聞朝刊に掲載=

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