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それでも、人は生きていく 富野由悠季の世界<下>豊穣な迷宮 私たちは「良きもの」なのか【コラム】

2019/08/18 LINE はてなブックマーク facebook Twitter
『伝説巨神イデオン』を含め、富野作品は人間同士の相互理解の可能性と困難さを問うてきた©サンライズ

子供向けのアニメといえば、勧善懲悪が定番だ。しかし富野由悠季の初期作品である『海のトリトン』(1972年)と『無敵超人ザンボット3』(1977年)では、物語終盤で善悪の相対化が起こる。つまり善玉が悪玉に(それも急に)なってしまうのだ!
例えば後者では、宇宙から侵略者であるバンドックから地球を守るために戦う12歳の少年・神勝平と彼の家族(神ファミリー)の活躍が描かれる。しかし、彼らがいるから宇宙人が攻めてくるのだ、と地球の住民からは嫌われてしまう。終盤、勝平はようやく追い詰めた敵の総大将(ただのコンピューター!)から、「自分たちの目的は悪い考えを持った生物を根絶やしにすること」と聞かされ衝撃を受ける。
いままでの戦いは何だったのか…。地球人が「悪い考え」を持つとはどういうことなのか。止まらない資源浪費、環境破壊、戦争…。人間の暮らしを便利にした近代文明は地球にとって善なのか悪なのか。
『機動戦士ガンダム』(1979年)の後に富野が総監督を務めた『伝説巨神イデオン』(80年)の物語はもっと衝撃的だ。
本作品でキーとなるのが無限力「イデ」。かつて栄えた第6文明人が自らの精神を封じ込め無限エネルギーとしたもので、このエネルギーをメカ化したものが、巨大ロボット・イデオンと宇宙船ソロシップだ。地球人の植民惑星・ソロ星にて遺跡として発掘されたこれらに、バッフ星からきた人類バッフクランも興味を示す。彼らは「イデ」を求めて現れたのだ。
両者は些細(ささい)なことから戦端を開いてしまい、やがて戦争へと発展してしまう。謎の力「イデ」は、知的生物の「良き意志」にしたがって稼働する。ようやくそのことが分かった時、膨大な数のバッフクランの軍勢がイデオンとソロシップに襲い掛かってきた。両者は和解することなく、ついには「イデ」が発動して両人類は母星もろとも死滅。魂だけの存在となって別の惑星にて輪廻転生(りんねてんせい)していく。
「イデ」は結局、両人類を「悪(あ)しきもの」としてリセットをかけたのだ。誰かを憎いと思う心、超越的な力を得たいという欲望。それらすべてが「悪い考え」の原因になり、相互理解を阻むのだ。そこには人間の醜いエゴがある。
では、魂だけの存在となった人類は、転生して、数億年後に、再び文明を興した時、それが「良きもの」であるという保証はあるだろうか。私たちは、どこかの時点で、全員が一度に「悪しきもの」であったと気づくべきではないのか(シャアの言うように?)。少なくともあと数十万年、生き延びるために。
人間同士の相互理解の可能性と困難さを主題化しつつ、富野はそれを科学技術の問題とリンクさせ、ドラマの中で有機的に展開させている。
近代以降、私たちは優れた科学技術で何かを開発し、優れた発見や学説を展開して人類を進化させてきた。が、それは本当に「進化」だったのか。原子力や核兵器などを扱い損ねて滅びの道を進んでしまいそうな現在の私たちは、100年前より進化しているといえるのか。
富野は1970年代からこうした主題をアニメのドラマの主軸に据え、知恵の在り様を見つめ続けてきた。ロボットアニメという外見に惑わされてはいけない。「富野由悠季の世界」は、様々な寓意とヒントに満ちた、豊饒な迷宮なのである。(山口洋三=福岡市美術館学芸係長)=8月8日西日本新聞朝刊に掲載=

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