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初期から晩年の作品まで。画家としての真髄も感じられた「ミュシャ展」【レポート】

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木下貴子
2018/05/01
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19世紀末から20世紀初頭に、ヨーロッパで起こった「新しい芸術」を意味する芸術運動「アール・ヌーヴォー」。その運動の旗手であり、また時代の寵児であったアルフォンス・ミュシャの作品は、長い時を経た今もなお欧米や日本で多くの人を魅了し続けています。

そしてここに一人、ミュシャに魅せられたコレクターがいます。ミュシャの故郷チェコ共和国モラヴィアに住む医師のズデニェク・チマル博士です。両親と祖父母からミュシャのコレクションの基礎を受け継いだ博士は、ミュシャの作品と生涯に対する熱狂的な関心によって、ミュシャの人生と作品の全体像を示す他では類を見ないコレクションを築きあげたといいます。本展はそのチマル・コレクションから選定された、ポスター、装飾パネル、油彩画、素描画、水彩画など約150点を紹介。チマル・コレクションに限った展覧会が日本で開催されるのは本展が初めてというから、自ずと期待が高まります。

 

●ミュシャの人生を彩った女性たち。最初に登場するのは初恋の人
展覧会は『幼少期 芸術のはじまり』の章からスタート。最初に展示されているデザイン画は、ミュシャの初恋の人であったユリンカという女性(女の子?)のイニシャルの頭文字「J」をモチーフに描かれています。これを描いた時のミュシャは14歳。その歳にして突出した画力の持ち主であり、また直接的な表現でない描き方も詩的でとてもロマンチストですね。

デザイン画《J(ユリンカ、ミュシャの初恋の人)》1874年
鉛筆、水彩/11×5cm

この章では青年時代に描いた肖像画や素描が並び、若くしてその才能を発揮したミュシャの画家としての素地を見ることができます。

『幼少期 芸術のはじまり』会場風景より
ミュシャ27歳の時の作品。素描《天使のいるフレスコ天井画のための下絵》1887年
墨、水彩で淡彩/42×60cm

 

●パリの地で時代の寵児に。その運命を変えた女性との出会い
続いての章は『パリ 人生の絶頂期』。ここではその才能を発揮した挿絵や装丁、そして人生の転機となった女優サラ・ベルナールの舞台ポスターなどが紹介されています。アール・ヌーヴォーの中で重要な位置を占める、象徴的な女性の優美な佇まいと独創的な模様を組み合わせた「ミュシャ様式」の誕生もこの章で見ることができます。

カレンダーやポスター、装飾皿、本の装丁など実に多彩。カレンダーやポスターは今と違って印刷ではなくリトグラフによって刷られているので、版画作品といえますね。

『パリ 人生の絶頂期』会場風景より。カレンダーやポスター
カレンダー《ビザンティン風の頭部:ブルネット》1897年(部分)
リトグラフ/58×43cm
装飾皿《ビザンティン風の頭部:ブロンド》1898年
金属板にカラー・リトグラフによるエナメル塗装/41×41cm

グラフィック・デザイナーとして名を馳せたミュシャの作品は、はっきりしたラインが特徴と思っていましたが、やわらかいタッチの絵や繊細な線画の作品も数多く手がけていることに(今更ですが)新鮮な驚きも。

挿絵原画《蚊のお話(クサヴィエ・マルミエ著『おばあさんのお話』》1892年
水彩、グワッシュ、白色ハイライト/28×21cm
版画《自画像》1896年
リトグラフ/21×15cm
連作装飾パネル《花(ホーム=デコ社)》1894年
リトグラフ(紙)/120×80cm

ミュシャの運命を変えた大女優サラ・ベルナールの劇場ポスター。出世作となったポスター《ジスモンダ》の素晴らしい成功の後、サラはミュシャに対して、彼女のための宣伝ポスターの制作に加え、彼女の舞台衣装、髪型、装飾品のデザインについても6年間の契約を交わしたといいます。ミュシャはサラのために7点のポスターを制作したそうですが、本展ではそのうちの6点を見ることができます。

サラ・ベルナールの舞台ポスターの展示風景
手前が出世作となったポスター《ジスモンダ》1894年/リトグラフ/216×75cm、奥はポスター《椿姫》1896年/リトグラフ/208×77cm

 

●故郷への愛。スラヴ民族とその文化への貢献に身を捧げた後半生
次の章『アメリカ 新たな道の発見』では、パリ時代から晩年への過渡期にあたる、アメリカ時代の作品が展示されています。

雑誌『ザ・バー・マッキントッシュ・マンスリー』の表紙 1907年
リトグラフ/32×19cm

最後の章は『故郷への帰還と祖国に捧げた作品群』。晩年の大作《スラブ叙事詩》に16年もの歳月を費やしたことからも分かるように、ミュシャの祖国への愛は深いものでした。この章ではミュシャの祖国色あふれる作品が紹介されていました。

ミュシャがデザインを手掛けた、チェコスロヴァキアのコルナ紙幣と郵便切手 1918-31年
凹版印刷、活版(凸版)印刷
水彩画《「スラヴの人々」のための習作》1930年
水彩、油彩、白色ハイライト(厚紙)/23×43cm

チマル博士が、自らのコレクションのなかで最も高く評価しているという油彩画《エリシュカ》。ミュシャの友人で建築家のヤロスラフ・ヨゼフ・ポリーフカの娘、16歳のエリシュカを描いたもので、ポリーフカ一家への個人的な贈り物として制作された作品です。子どもの頃からのエリシュカを知っていたミュシャは、愛情を込めてこの作品を描き、自ら額縁まで選びましたが一切の報酬を受け取らなかったといいます。

油彩画《エリシュカ》1932年(部分)
油彩(カンヴァス)/121×81cm

ミュシャをとりまく女性たちが、まるで精霊や女神のようにミステリアスかつ魅力的に描かれているところに目が奪われるのはもちろんですが、全体を通してその多彩な表現に触れると、装飾画家ではない、ミュシャの正統派の画家としての真髄を垣間みるような思いにかられます。ポスターや装飾パネルなどグラフィックで華やかな作品の印象が強いミュシャですが、そこに留まらないミュシャの表現、知られざる面をこの展覧会でぜひ感じてみてください。

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