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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<9>ACの動向 むしろ武器だった「3密」 回避は芸術祭の死活問題【連載】

2020/05/02 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 前回触れたソーシャル・エンゲージド・アート(SEA)のほかにも、ヒトとモノがかつてなかった規模で短期間、世界のどこでも自由に離合集散できるグローバリズム体制下のアートでは、新型コロナウイルス対策で大きな鍵となる「3密(密閉、密集、密接)」は、むしろ創造性を切り開く武器として積極的に活用されてきた。

  限られた「才能」を持つアーティストが、余人には真似(まね)できない作品を作り上げ、そのありがたみを礼拝的にひとり鑑賞するというのは、「誰もがアーティストである」「誰もがアートの現場に参加できる」グローバリズム下のアートにはそぐわない。

  だからこそ、このところのアートは、トリエンナーレやビエンナーレと呼ばれる大規模国際現代美術展や、日本国内で雨後の筍(たけのこ)のように顔を出した「芸術祭」、そしてアートフェアーと呼ばれる商業見本市によって加速されてきた。そこでは、アーティストが作る作品はもはや主役ではない。主役はあくまで現場に集合するヒトであって、作品を媒介に推し進められる食の体験を含むツーリズムや、投資を睨(にら)んだ売り買いの折衝を楽しむビジネスこそがアートの実体へと変化していった。

ヨコハマトリエンナーレ2020のアーティスティック・ディレクターを務める
インドの3人によるAC「ラクス・メディア・コレクティヴ」

  

 こうしたアート業界全体の活性化と相性がよかったのが、グローバル体制下でのアートを語るうえでSEAと並んで人口に膾炙(かいしゃ)した「アーティスト・コレクティヴ(AC)」という動向である。コレクティヴとは、19世紀以来のアートが才能ある個人(その象徴が孤高の「天才」である)をモデルに組み立てられてきたことに対し、任意の人数のアーティストが集合的に活動することを前提とする。おのずと、不特定の参加者によるワークショップや随意に開かれる集団行動が多用されるようになり、旧来の作品モデルは解体され、プロジェクト・ベースの活動が主たるものとなる。

  こうした変化を象徴する出来事がある。世界のアートでもっとも注目を集める国際現代美術展、ドイツの地方都市カッセルで5年に一度開催されてきた「ドクメンタ」展の次期(2022年)芸術監督に、インドネシアのAC「ルアンルパ」が選出されたのだ。また国内での国際現代美術展に先鞭(せんべん)をつけた横浜トリエンナーレでも、次回の芸術監督を務めるのはインドのAC「ラクス・メディア・コレクティヴ」だ。とりわけ今年7月に開催が迫る後者では、爆発的な感染力をもつ新型コロナウイルスへの対策をどうするのかが注目される。

  このように、問題はプロジェクト・ベースの活動を進めるうえで、どうしても3密的、もしくはそれに準じた状況が生じてしまう、ということだ。SNSなどを活用すればリモート化もできなくはないが、孤独なアトリエの中で内省のもと制作を進めるかつての制作に対し、関わる人の数は比べものにならず、すべてを遠隔的に行うのでは国際現代美術展や芸術祭、アートフェアとのダイナミックな連携は期待できない。

  ちまたでは演劇、音楽コンサートやライヴ、撮影も含めた映画などが運営のうえで大変な支障をきたしている。その点、制作のうえでも鑑賞のうえでも個人を単位としてきた美術やアートはやや事情が異なると考える人がいるかもしれない。だが、SEAやACへと可能性の重心を移してきた最新のアートにとって、3密の回避や「外出の自粛」、「他人との接触8割削減」は、存続のうえで死活問題となるほど負荷が大きい。(さわらぎ・のい=美術評論家)=4月30日付西日本新聞朝刊に掲載=

 

椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

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