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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<83> 【連載】コロナ禍の変化 国内の文化資源だけで 示唆に富んだ企画展も

2023/04/20 LINE はてなブックマーク facebook Twitter
2020年に世田谷美術館で企画された「作品のない展示室」(撮影・堀哲平)

 新型コロナに今度こそ本格的な収束が訪れ、本連載もいよいよ終幕が近づいてきたようだ。そこで今回は、3年強に及ぶパンデミック時に美術の世界でどのような変化があったかについて、ごく簡単だが振り返ってみたい。

 世界パンデミック宣言がWHOによって宣言された2020年3月以降、コロナ禍はたちまち世界の隅々にまで拡大した。多くの美術展が開幕延期となり、あるいは展示を終えているのに公開ができず、未知のウイルスを前にどこまで対応してよいものか、美術館をはじめとする展示施設にくまなく暗雲が垂れ込めた。いま思えば、美術では一部の特殊な形態を除けば、演劇や音楽のように声を出して表現し、目の当たりに鑑賞するということはない。客席と違って、来場者はおのおののリズムで距離をとって展示に接することができる。感染がクラスター状に広がることは考えにくい。もっと緩やかな運営がいま少し早くからなされてもよかったのかもしれない。

 もっとも、入場のための事前予約や日時指定が必要となり、手続きが面倒になったり、個人情報を提供しないといけなくなったりした面は否めない。美術館にはふらっと向かう楽しみもあったから、そういう気軽さが失われた面もある。だが、映画や演劇、音楽はもうずっと前からそうなっていたし(言い換えればそれらにも以前にはふらりと見に行く習慣が強かった)システム上で美術が遅れていただけ、と考える向きもあるだろう。それに以前のように長蛇の列で入館まで何時間も待たされ、入場しても目当ての絵の前を素通りしただけ、というようなことがなくなったのを歓迎する人も少なくないに違いない。

 そのような長蛇の列を、むしろ収益上で歓迎する超大型企画、いわゆる「ブロックバスター展」は、確かに一時は影を潜めた。けれども、コロナ禍が収束すれば、ふたたび盛んになることも十分に考えられる。ここではその是非はおくとして、実はコロナ禍で海外から名画、大作を借りてくるのが難しくなる一方、限られた国内の文化資源で工夫して展覧会を開くという点では、実はかえって興味深い企画が少なからず開かれたのも事実だった。

 思いつくまま挙げても、昨年の秋に練馬区美術館で開かれた「日本の中のマネ」展は、フランスやイギリスからマネの代表作がお目見えしない反面、国内で近代以降に紹介、収集、公開されてきたマネや、その触発下に作られた作品だけを集めた、たいへん示唆に富んだ展覧会だった。

 マネと言えば美術史で知らぬ者のいない大画家で、なおかつ日本でもっとも人気があるとされる印象派の父のように思われてきたものの、いまひとつ実感がわかない側面がある。マネが近代画家の代表なら、もしや日本は近代絵画の本質を取り逃しているのではないか、そんな根源的な問いは、このような企画からしか見えてこない。

 見えてこないと言えば、世田谷美術館が、感染拡大防止対策のもっとも厳しかった2020年の夏に、作品を展示するのではなく「作品のない展示室」そのものを見せるという大胆な企画に踏み切った。これを展示と呼んでよいものかわからない(作品がないので展覧会ではない? しかし会期はあった)が、行き届いた清掃と窓からの借景だけで十分に視覚的に成立するというのは、かつてなく新鮮な体験だった。(椹木野衣)

=(4月20日付西日本新聞朝刊に掲載)=


椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

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