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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<23> 【連載】リモート生活の余波

2020/09/14 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 ほとんど殺人的であった猛暑を経て連載を再開する。加えてこの夏は東京で新型コロナウイルス感染症の陽性者が激増し、一時は1日で500人を目前とするまでとなった。現在は減少傾向に至っているが、まだまだ油断することはできない。とはいえ、春先の第1波ほど重症者の数は多くなく、死者も目立たず、受け入れ側の医療体制も逼迫(ひっぱく)までには至らなかった。そうした相対的な楽観性と、少しずつでも人々がこのウイルスとの共存に慣れてきたのだろうか。都心での街の様子は意外と明るく、以前とは比べるべくもないものの、それなりの賑(にぎ)わいを取り戻している。

 もっとも、街や人々の様子が明るかったのは、夏という季節のこともあったかもしれない。確かに猛暑ではあったけれども、見上げる空は青く晴れ、白い雲は轟(とどろ)くようで、セミの声もいつもと同じように賑やかだった。確かに例年と同じように遠方へ旅行したり、祭りや花火大会のひとときを堪能することはかなわなかった。だが、それでも季節としての夏の解放感までが完全になくなってしまったわけではない。言い換えれば、夏はその季節としての特別さを増している。秋以降、感染状況の第3波、第4波の様子によっては、その貴重さはさらに格別なものとなる可能性がある。

10月25日まで、福岡市美術館で開催中の「菊畑茂久馬:『絵画』の世界」の会場。
今年5月に亡くなった菊畑さんと交流があった筆者は、
頭の中で作家本人や作品の記憶を「再生」することがあるという

 こうした季節をめぐる微妙な、しかし積年のうちには人々が暮らしを営むうえで大きな心理上の変化となりうることのほかに、この間、自分の内面でなにが起きただろうか。外出が制限されていることは程度の違いこそあれ、基本変わりがない。取材のための出張は確かに激減している。だが、私のような評論の執筆では、もともと大規模な調査などは必要とされていない。そもそも、もとを正せば批評は文藝の一種であり、成り立ちからして孤独な作業で、演劇や映画のような集団性は皆無だし、通信が発達した現在では、以前のように担当の編集者と直に接する局面さえほとんどない。ペンと原稿用紙、そして簡易な机さえあれば--いまならパソコンや人によってはスマホでも--どこでも仕事ができる。そう、物書きはもともとリモート・ワークだったのだ。これは絵画や彫刻のような美術でも同じかもしれない。一人で黙々と作業するぶんには、感染リスクなどありようがない。

 見えてこないのは、むしろ未来の姿かもしれない。たとえ今後もウイルスとの共存に慣れていったとしても、それは慣れたというだけで、以前の生活に戻れるわけではないし、以前の生活より希望に満ちているわけではない。ちまたではリモートの可能性が語られる一方で、私たちは生きている限り決定的に身体を持つ存在で、実体のない情報などではない。そのギャップは、リモートの可能性が語られ、実際に実現すればするほど、生きているという実感から乖離(かいり)していくことになるだろう。

 その余波からだろうか。私はすでにこの世にいない死者たちを以前よりも身近に感じるようになった。そして、過ぎ去った記憶が不意に鮮やかに蘇(よみがえ)るようになった。死者にせよ記憶にせよ、頭のなかで何度も「再生」する癖がついた。過去の再生である限り、そこに新型コロナウイルスは存在しない。感染のリスクもない。しかし安全のためにそうしているわけではない。生身の接触や体験が抑制されているぶん、過去の方が生々しくなっているのだ。それが意外な着想源になる。このような傾向は果たして私だけだろうか。(椹木野衣)

=(9月11日付西日本新聞朝刊に掲載)=



椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

 

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