江口寿史展
EGUCHI in ASIA
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福岡アジア美術館
2022/04/29 |
最近、1991年のことをよく思い出す。それは、個人的には自分が最初の評論集を世に出した年というのもあるが、ウクライナとロシアの戦争を見ていて、現在のロシアの前身である旧ソ連が崩壊したのがこの年の暮れであったことが浮かんだからだ。そうして考えてみると、元号が改元されてまだまもない時期であったということをはじめ、1991(平成3)年と2022(令和4)年とのあいだに、いくつかの点で奇妙な符号があることに気づいた。
私が初めて海外に出たのが1990年の27歳のとき、行き先は旧ソ連、目的はペレストロイカ下での現代美術の調査であった。そのときの体験はまだ若かった私に多大な影響を与え、今に至る美術批評家としての原点ともなる契機であったが、その超大国が翌年の暮れに忽然と消滅し、その結果として「ロシア」が復活することになったのは、驚愕の出来事であった。
先に触れた旧ソ連の現代美術についての評論が発表されたのは雑誌『美術手帖』で、振り返ってみたところ、扱われたのはその号(90年6月号)の第2特集「モスクワ1990 ソ連アート最新レポート」だった。だが、すっかり忘れていたのは、巻頭の特集がHIVウイルスによる感染症「エイズ」の犠牲となり世を去ったグラフィティのアート・スター「キース・ヘリング追悼」であったことだ。
それで思い出したのだが、この頃は死に至る病であったエイズによるエピデミックがアート界でも猛威を振るい(やはり写真界出身のアート・スター、ロバート・メイプルソープが同じエイズで亡くなったのは89年)、同時に旧ソ連という超大国をめぐる東欧での一連の民主化運動による混乱が、連邦国家を構成する諸共和国間で熾烈な内戦を引き起こさないかと、世界が固唾をのんで見守っていた。
現在に至るロシアもウクライナも歴史的にはともかく、政治的にはこの時点に出自があるわけだが、結果としてそのような内戦は回避された。そのことにほっとしながらも、なにかすんなりと行き過ぎている違和感も感じたものだった。86年に大事故を起こし、つい先頃、現在のロシアによって軍事的に占拠された旧ソ連、ウクライナのチョルノービリにある「チェルノブイリ」原子力発電所が今後どうなるのかについて、まだ生々しい放射能の恐怖が残る時期のことだったこともあった。
だが、すんなりといかなかったのは、むしろ中東でのことだった。90年の夏に突如としてイラクが隣国クウェートへと軍事侵攻し、翌91年の初頭には国際連合が多国籍軍の派遣を決定し、イラクの首都バグダッドを雨あられと空爆するまさかの「戦争=湾岸戦争」へと発展したからだ。アメリカが本格的に他国への軍事攻撃に介入する点でベトナム以来と呼ばれたこの戦争は、戦争といえばおおむね映画やマンガといったエンタメの世界のなかのものにすぎなかったのが、決して空想のものでも過去のものなどでないことを多くの人に気づかせた。
こうして見てくると、未知のウイルスによる感染症の蔓延や原発からの放射能という見えないものへの恐怖、旧ソ連とそれを構成する国家間の緊張、そして唐突な戦争の勃発などという点で、1991年と2022年は、多くの点で共通している。というより、現在私たちが抱えている2022年の状況を生み出した要因を近い過去へと遡っていくと、それが1991年にあったように思えてくるのだ。(椹木野衣)
=(4月21日付西日本新聞朝刊に掲載)=
椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。
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