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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<71> 【連載】「ハレ」の力の後退 計算可能な「日常」破る 創造力の可能性も停滞か

2022/10/21 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 全国への旅行支援や海外からの来日客へのビザ緩和などで、はたして街や観光地はふたたびかつての賑(にぎ)わいを取り戻すだろうか。その行方についてはまだ少し様子を見る必要があるとして、このところ飲食店で口を揃(そろ)えて聞くようになった話がある。

 それは客の滞在時間帯の変化だ。以前であれば営業時間中に席が3回転した店でも、2回転まではかろうじてしても、3回転目がなかなか厳しい。その反対に、早い時間での1回転目が以前にも増して混むようになっているようだ。だが、実際には早い時間にいくら来客があっても席がいっぱいになってしまえば仕方なく帰すしかない。結局は売り上げ向上に繋(つな)がるわけでもない。それなのに「いつ行っても混んでいて入れない」と思われてしまう。そこのところがなかなかわかってもらえないと言うのだ。

 これはきっと飲食をめぐる人々の生活様式に少なからぬ変化があったことに由来するのだろう。実際、最終列車の時間も繰り上がっている。みな早い時間にさくっと飲んで、あとは店の梯子(はしご)もせず早々に家へ向かうということなのだろうか。それはそれでよい。だが、ここで考えなければならないのは、生活様式の変化はおのずと人と人とのコミュニケーションのあり方まで変えてしまうということだ。

 飲食店、とくに酒場は親密な人と「本音」を語る場でもあった。そういう機会に昼の形式的な会議などでは明確になりにくいことがはっきりすることもあったはずだ。また酒場は出会いの場所でもある。生涯にわたりその人の人生にとって大きな意味を持つことになる未知なる人との出会いが起こることも少なくなかろう。

 夜の時間はこの意味で柳田國男が定式化した二種の時間「ハレとケ」のうち、「ハレ」を伴う非日常的で想定外のことが起きる稀な時間であると考えられる。昼間のうちでは、どんなに重要な案件を扱っても時間のうえでは「日常(ケ)」の延長線上にあるしかなく、おのずと想定外の出来事が起きるのを抑制するからだ。

 こうして見てみると、コロナ禍による生活様式の変化は、たんなる行動する時間帯の変化にとどまらず、人々のあいだで「ハレとケ」の関係が以前とは異なるものになっていることをうかがわわせる。

 端的にいえば「ハレ」が大幅に後退し、「ケ」の時間が占める割合がそのぶん相応に大きくなっているのではなかろうか。ということはつまり、人々はますます「日常」に支配されるようになり、突発的な出来事や偶然の産物といった「ハレ」が生み出す外力の影響からはどんどん切り離され始めている。

 そのような「ハレ」の時間がよきことばかりを生み出してきたとはもちろん言わない。だが、芸術のようなもともと非日常の領域に潜む未知の可能性を切り開こうとする分野では、この「ハレ」の力の後退は、長期的に見て創造力をめぐる大きな停滞を生み出しはしないかと心配になる。

 日常(ケ)とは自力、自助の世界でもある。逆に非日常(ハレ)はそのような計算可能な世界を破って、自分の力だけではどうにもならない創造力が降りてくる機会でもある。「イベント」はいまや日用語だが、かつては「ハプニング」とも呼ばれ、アートの世界での突発的な事件、事象を意味した。言い換えればイベントが「ハレ」でなくなり、計算可能な「ケ」となる世界に、わたしたちはますます近づいているのかもしれない。(椹木野衣)

=(10月20日付西日本新聞朝刊に掲載)=


椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

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