九州、山口エリアの展覧会情報&
アートカルチャーWEBマガジン

ARTNE ›  FEATURE ›  連載記事 ›  遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<77> 【連載】コロナ「5類」へ 「遮られない世界」はどんなものだった?

遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<77> 【連載】コロナ「5類」へ 「遮られない世界」はどんなものだった?

2023/01/27 LINE はてなブックマーク facebook Twitter
政府が新型コロナウイルスの感染症法上の分類を、今春に「5類」に引き下げると表明した20日午後、福岡市・天神の天神地下街を行き交うマスク姿の人たち(撮影・星野楽)

 新型コロナによる感染状況の推移が、ここに来て奇妙な様相を呈し始めている。年末年始の街の賑(にぎ)わいは過去数年では見られないものがあったし、移動の制限や営業の自粛もされていない。外見だけからすれば、かつての生活が戻ってきたように感じられるかもしれない。

 ところがコロナ・パンデミックから4年目を数えても、感染者や死者数は依然として増え続けている。つまり実態は収束とは程遠い状況なのだ。にもかかわらず政府はこの春から新型コロナを季節性インフルエンザなどと同じ「5類」に引き下げ、これに伴い屋外だけでなく屋内でもマスクの着用を原則として求めない方向で検討に入った。

 インフルエンザと同じと言っても、新型コロナにはワクチンこそあっても、タミフルやリレンザのような即効性の特効薬は存在しない。広義では風邪だが、風邪がそうであるように新型コロナも対症療法こそあれども、最終的には自己治癒能力で直すしかない。また風邪やインフルエンザに長期にわたる嗅覚障害をはじめとする後遺症というのは聞いたことがない。まだまだ未知の疫病であることに変わりはないのだ。

 それにしても、新型コロナはなぜここまで増え続けるのだろう。マスクの着用は少しずつ緩和されつつあるとはいえ、街行く人のほとんどはいまもマスクを着けたままだ。手指の消毒や体温測定は継続的に実施されているし、感染を避ける知恵や手段も、経験的にさまざまな局面を通じて積み重ねてきた。なにかまだ見つかっていない感染のメカニズムがあるのではないか、などと疑心暗鬼になってしまう。

 この連載が始まった当初、感染者数や犠牲者の数が国内で少なく、欧米で圧倒的に多かったことから、隠れた原因を「ファクターX」と呼ぶ向きもあったが、いまではほとんど聞かれない。欧米で新型コロナが制圧されつつあるのに対して、日本はまったく逆の推移を辿(たど)っている。私自身、日本では抱擁の習慣が日常的になく、家では靴を脱ぎ、ことのほか風呂好きであることなどにその理由の一端を求めたことがあったが、現況を見ると首を傾(かし)げざるをえない。

 ひとつだけ言えるのは、これだけ長期にわたる感染拡大が続くことで、私たち自身にとっての人間の身体そのものへの捉え方が少しずつ、しかし確実に変わりつつあるのではないかということだ。マスクをしていても、無意識的に人との距離を取るようになったのは、私たちの身体が決して単独で存在するものではなく、つねにほかの身体との関係性のなかでしか成り立たないことを実感したからだ。

 反対から言えば、私たちはウイルスなどの目に見えないなにかを通じて、つねに媒介者の立場にあることで、ようやく一人ひとりの人間でありうる、とも言える。かつてはそれを哲学の立場から間主観性などと呼んだこともあったが、今起きているのは概念ではなく日常なのだ。

 本連載の主題となる「遮られる世界」とはつまり、遮断がなければいくらでも繋(つな)がっていくような世界がまずそこにあった、そういうことにやっと気づいたということでもある。遮られない世界がなければ、遮られる世界は存在しない。わたしたちがいまアートという思考の実験を通じて考えなければならないのは、ひょっとしたら遮られない世界がいったいどのようなものであったか、ということなのではないか。(椹木野衣)

=(1月26日付西日本新聞朝刊に掲載)=


椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

おすすめイベント

RECOMMENDED EVENT
Thumb mini 070f2343ce

江口寿史展
EGUCHI in ASIA

2024/11/09(土) 〜 2025/01/12(日)
福岡アジア美術館

Thumb mini 199fb1a74c

挂甲の武人 国宝指定50周年記念/九州国立博物館開館20周年記念/NHK放送100年/朝日新聞西部本社発刊90周年記念
特別展「はにわ」

2025/01/21(火) 〜 2025/05/11(日)
九州国立博物館

Thumb mini e6fdc72059
終了間近

連載15周年突破記念 超!弱虫ペダル展

2024/10/31(木) 〜 2024/11/25(月)
大丸福岡天神店 本館8階催場

Thumb mini cade877eef
終了間近

小田原のどかつなぎプロジェクト2024成果展
小田原のどか 近代を彫刻/超克する
—津奈木・水俣編

2024/09/07(土) 〜 2024/11/24(日)
つなぎ美術館

Thumb mini cbbf457e32

最後の浮世絵師
月岡芳年展

2024/10/26(土) 〜 2024/12/01(日)
九州芸文館

他の展覧会・イベントを見る

おすすめ記事

RECOMMENDED ARTICLE
Noimage
連載記事

遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<76> 【連載】美術史と「健康」 「復旧」と違う様態こそ ポスト・コロナの可能性

Thumb mini 0168cbcbbf
連載記事

遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<75> 【連載】衛生と習慣  美術館でマスク着用は定着  靴は脱ぐ方が衛生的だが…

Noimage
連載記事

遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<74> 【連載】交雑的な人類 歴史への免疫低下と 20世紀のモダニズム

Noimage
連載記事

遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<73> 【連載】次元超えた「忘却と反復」 21世紀初頭の美術史 どう書き換えられる?

Noimage
連載記事

遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<72> 【連載】無駄の効用 効率を重宝がることで 忘れられた大事な感覚

特集記事をもっと見る