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顔の皮はぐ血みどろ絵「英名二十八衆句」全編公開!【「国芳から芳年へ」連載②】

2019/12/09 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

現在、福岡市博物館で開催中の特別展「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」(~12/22)の連載をお届けします。(アルトネ編集部)(全4回)


前回(連載①はこちらはいくつかの作品とともに、江戸川乱歩の芳年評や、血糊・正面摺りなど度肝を抜く職人技の数々をご紹介しました。本作のもうひとりの作者・落合芳幾の作品、顔の皮をはぐ(!)衝撃作、展示作品とあの文豪にまつわる裏話などを福岡市博物館の担当学芸員がお伝えします。

 

 

絵の中に隠された雨

落合芳幾「英名二十八衆句 邑井長庵」1867年
名古屋市博物館蔵(尾崎久弥コレクション)

 下手人は、邑井長庵。金のために義理の弟を手にかける極悪非道の藪医者です。文久2年(1862年)に歌舞伎狂言として上演されました。有名なセリフがこちら。

 

酷い殺しも金ゆえだ。恨みがあるなら金に言え。
河竹黙阿弥『勧善懲悪覗機関』より

 

 いやいや金が悪いんじゃなくて、お前が悪いんだよ!!!
と心の中で叫んでしまいそうですが、この藪医者には反省の色はみえません。雨夜に義弟を誘い出し、まずは行灯を切り落として驚かせたところに、力いっぱい刀を振り下ろす。ためらいなどないかのようです。しかし、用意は周到でした。
 月の光のとどかない雨夜。行灯の火を消せば、そこは闇夜。雨の音で、悲鳴もかき消されます。つまり、犯行が知られにくい。細かい場面設定にも、実は登場人物の悪逆ぶりをあらわす演出が凝らされているんですね。
 さて、絵に注目してみましょう。一見、稲光しか見えませんが――

同上(部分) 紙の裏に鋭い版木の線が!!

 

 実は、ちゃんと雨が隠されているのです。
 舞台上なら、ざあざあと効果音を鳴らして、見えない雨を観客にみせる場面。展示作品にも一見雨が降っていませんが、会場で斜め下からごらんください。光の加減で、見えなかった雨がみえてくるはずです。
 連載①でもご紹介しましたが、浮世絵には「ある角度からしか見えない」ように模様を摺り出す技法があります。これを正面摺といいます。手間がかかるため、どんな浮世絵にも摺れるものではありませんが、「英名二十八衆句」では贅沢にもこの超絶技巧が楽しめます。

 ちなみに……背後で吠えかかる二匹の犬も、このあと長庵に殺されてしまいます。

 

こいつも啼かざぁ、殺されめえに
河竹黙阿弥 『勧善懲悪覗機関』より

 

 邑井長庵、まったくもって極悪人です。
続いての悪人はこちら。

 

 


閲覧注意!衝撃の犯行現場

月岡芳年「英名二十八衆句 直助権兵衛」(部分)1867年
名古屋市博物館蔵(尾崎久弥コレクション)

 薬売りの直助は、夫ある身のお袖に横恋慕。なんとしても手に入れようと、ついにお袖の夫を殺害します。そして犯行が露見することをおそれ、死体の顔の皮をはぐという暴挙を犯します。
 歌舞伎「東海道四谷怪談」を題材にしたものですが、あまりに生々しく、目を背けたくなってしまいます。
 筋書きによれば、ここまでして手に入れたお袖は、のちに妹であったことが判明します。さらに殺した男も人違いで、実は主筋の息子だとわかります。浅ましい欲にかられた直助は、知らないうちに、主殺しの大罪と、妹との姦通すなわち畜生道の業を背負ってしまったのでした。

 一生どころか何度生まれ変わっても這い出ることの出来ない沼のような悲劇。その前触れとなる残虐きわまる犯行現場。ここに添えられた一句がこちらです。

 

あたまから 蛸に成けり 六皮半
宝井其角

 

 「瓜(果物)のように皮をむいたら、赤いタコになっちゃたなぁ」くらいの意味です。
 「えっ…。」ノリが軽すぎて絶句しそうですね。
 でもよく考えてみてください。残酷な場面ですが、あくまでも元は歌舞伎、絵は絵です。自分たちはフィクションとしてそれを楽しもう、そんな当時の姿勢が伝わってきます。

 ほかにも、「この残忍な場面で、それを言うか…?!」というくらい軽やかな句が、全編に添えられています。すべて翻刻キャプションがついているので、会場では、ぜひこちらにもご注目ください。
 陰惨を極めた血みどろ絵の中から、軽妙洒脱に私たちを現実世界に引き戻してくれることでしょう。

 

英名二十八衆句は世間に受け入れられた

 英名二十八衆句によって、芳年は個性を確立したと先に述べました。これは後世の研究者による評価ですが、実際に当時から、芳年はこの連作の発表前後で人気番付の順位をあげるなど、高い評価を得ていたことがわかります。年代順に追ってみましょう。

・慶応元年(1865) 10位 (『歳盛記』より)
・慶応2-3年(1866-67) 「英名二十八衆句」の制作
・明治元年(1868) 4位 (『歳盛記』より)

 いかに「英名二十八衆句」が高く評価されたのかが、よくわかります。
 この時期にはほかにも、芳年若年期におけるもうひとつの到達点「魁題百撰相」が発表されています。「英名二十八衆句」と「魁題百撰相」。どちらも血みどろ絵のシリーズですが、戊辰戦争、上野戦争を挟んで変容する芳年の死生観を垣間見ることができます。このあたりも語りたいのですが、長くなってきたので続きは連載後半とギャラリートークにて。


現在展示中の「英名二十八衆句」裏話

 最後にひとつ、裏話をご紹介しましょう。本展の展示作品は、ほぼすべて名古屋市博物館の所蔵品です。そして「英名二十八衆句」は、尾崎久弥コレクションから出品されています。
 実は尾崎久弥氏の長女・みゆき氏の話によれば、現在展示されている「英名二十八衆句」28図と目録1点、計29点の浮世絵は、なんと尾崎氏があの文豪・谷崎潤一郎氏と競い合って、1円差で競り勝ったものなのだそうです。
 もしも、この作品が谷崎氏の所蔵になっていたら…。小説か何か、まだ見ぬ著作に昇華されていたかもしれません。けれども展覧会で皆様にお目見えすることもなかったでしょう。人生は一期一会。そして展覧会も一期一会。目の前の作品と自分は、紙一重のご縁でつながっているんだなぁと実感させられます。
 「英名二十八衆句」をはじめ魅力的な作品が150点超。ぜひ会場まで足をお運びください!お待ちしています。

連載①はこちら

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