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菊畑茂久馬さん、闘いの軌跡 福岡、長崎で回顧展

2020/10/17 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 画家の菊畑茂久馬さん(今年5月21日死去)の生涯を一言で表すなら、絵画とは何かを突き詰め続けた一生だったと言える。終生創作と思索の地とした福岡市と生を受けた長崎市で、回顧展が開かれている。「天動説」などシリーズ化された大型油彩に代表される作品は、菊畑さんの表現思想を雄弁に物語り、見る者に心地よい緊張感を与える。 

「絵画とは何か」問い続け

 1935年、長崎市に生まれた菊畑さんは、幼い頃に父を亡くし、母と福岡市で暮らした。15歳で母も病死。高校卒業後、絵に傾倒する中で、前衛美術グループ「九州派」に加わる。

 福岡市美術館は、九州派時代を含む60年代の作品を展示。アスファルトや陶器を貼り付けた「葬送曲 №2」(60年)、どぎつい赤で円盤状のベニヤ板を塗装した「奴隷系図」、板や金属部品で構成した「ルーレット」のシリーズなど実験精神と洗練された造形センスで溢(あふ)れる作品が並ぶ。

大作油彩が並ぶ福岡市美術館「菊畑茂久馬:『絵画』の世界」。
左から「月光 十四」、「月宮 九」、「舟歌 一」

 菊畑さんは東京での個展デビューも果たすが、60年代半ば以降は美術界と距離を置く。大阪万博の開催に向けて沸き立つ時流に、芸術運動がのみ込まれ、消費されることに違和感を抱いたのだという。何にも流されない自立した表現は、いかにして可能か。そう問いを立て、20年近く作品発表から遠ざかった。

 「沈黙の時代」とも呼ばれる期間、菊畑さんは太平洋戦争画に関する著作を書き、山本作兵衛の炭鉱記録画を世に出した。論考を通じて、絵画とは「内なる必須の風景」が形として姿を現したものだと捉える境地に至る。

 この間、まったく創作していないわけではなかった。鉄や木を用いた200点にも及ぶオブジェの制作と、その写真を基にしたシルクスクリーン版画という注目すべき仕事がある。長崎県美術館は、菊畑さんのオブジェ3点に加え、74~80年の版画39点を公開している。初期に廃材も含む多様な物を用いてきた菊畑さんにとって、「内なる必須の風景」とは「物質」だった。同館の野中明学芸員によれば、オブジェ制作は、絵画の源泉となる風景を自らの周囲に生じさせるための行為だった、と理解することもできる。

オブジェ「ベトナムの空№1」(手前右)や版画が並ぶ
長崎県美術館「菊畑茂久馬―『絵画』へと至る道」。左奥は「天動説 十四」

 何を絵画にするかが決まると、次はその方法が問題になった。菊畑さんはオブジェを平面化する試みとして版画に取り組む。一連の版画では、様々な形のオブジェに、色の面や線描が重ねられる。線が手前に浮き上がり、オブジェはオブジェとしての存在感を残したまま、平らな世界に押し込められる。

 菊畑さんは版画という方法で、画家の気ままな意思を最小限に抑えながら、自己の内面を平面とすることを試みた。同じことに油彩で挑んだのが、後の「天動説」シリーズだとみなせるだろう。

 83年以降に発表された「天動説」は16点から成る。今回は福岡で「天動説 五」を、長崎で「天動説 十四」を公開している。縦約2・5メートルにも及ぶ油彩画は全体を重たいグレーが覆い、縦や斜めに棒が埋め込まれている。棒は菊畑さんの「内なる必須の風景」である物質、物体を象徴する。絵画の外に飛び出そうとするそれを、厚塗りの絵の具が押さえ込む様は、「絵画と物体の相克」と評された。物質を物質のまま絵画にしたとも読める作品は、個性を極力排除した静謐(せいひつ)さと、波打つような不気味なエネルギーをたたえる。

 「天動説」で一つの答えを手にした菊畑さんは、「物質」に替わる新しい「内なる必須の風景」を見いだし、色彩の好みを解放していったのだろう。続く「月光」(86~88年)や「舟歌」(93~97年)などの大作シリーズは、禁欲的な「天動説」に比べると、月や海、空といった具体的な主題を持ち、美しく激しい青が胸を打つ。

 「天河」(96~2003年)に至ると、初期の「奴隷系図」に回帰するような鮮烈な赤が現れ、07年以降の「春風」では、淡く軽い色調に一転する。華々しいデビューから沈黙期を経て、新境地へと向かう菊畑さんのダイナミックな変貌。それは見る者を簡単には寄せつけないが、絵画とは何かと問うことを自らに課し、闘い続けたゆえの、必然の軌跡であった。(諏訪部真)

=(10月16日西日本新聞朝刊に掲載)=

 

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