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思惟の姿 中宮寺の国宝<下>ほほ笑み

2021/02/26 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 特別展「奈良 中宮寺の国宝」で展示される品々のゆかりの地を訪ね歩き、寺の歴史や半跏思惟像の魅力とルーツをひもといていく。

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国宝「菩薩半跏思惟像」心をほぐす柔和な口元

古拙の微笑とたたえられる菩薩半跏思惟像(7世紀、奈良・中宮寺)

 右足を曲げ、左ひざの上に置く「半跏」のポーズ。右手を頰に添えた「思惟(しゆい)」の姿。どの像も口角がやや上がった古拙の微笑をたたえている。ここは東京国立博物館(東博)にある法隆寺宝物館。ガラスケースには、かつて寺の金堂にあった半跏思惟像がずらりと並んでいた。

 「このタイプの像は7世紀中頃から終わりにかけてかなり流行しました」。東博の三田覚之研究員(日本・東洋美術史)が教えてくれた。中宮寺の国宝「菩薩(ぼさつ)半跏思惟像」も同時期の作になる。

 流行(はや)りはじめの胴体は細身が主流だった。中国・初唐時代の仏像様式の影響で徐々に丸みを帯び、写実的になっていく。リアルさゆえだろうか。同じ半跏像でも、表情は時代を追うごとに愛くるしくなっていくと感じた。
 

特別展で展示されている「菩薩半跏像」。台座に山岳模様が刻まれている。
(法隆寺献納宝物、東京国立博物館蔵)

 日本では半跏像を何の仏として信仰したのか? はっきりと分かっていないが、弥勒(みろく)菩薩に重ねてきた可能性が高い。釈迦(しゃか)入滅から56億7千万年後に天界の一つ、兜率天(とそつてん)から降りて人々を救う未来仏である弥勒菩薩。九州国立博物館(九博)の特別展で展示中の「菩薩半跏像」の台座に彫られた山岳模様は「この世の中心にそびえる須弥山(しゅみせん)と考えられています」と三田さん。そうであれば、その上に兜率天があり、この像が弥勒菩薩という推論が成り立つ。

「半跏思惟像」をテーマに国内外の半跏像が並ぶ九州国立博物館の特別展会場

 展示室には国内外の弥勒菩薩や半跏像が集まる。ガンダーラや中国の弥勒菩薩は、降ろした両脚を交差させた「交脚坐像」が目立つ。半跏像もあるが、出家前の釈迦をモチーフにしていた。二つが一緒に刻まれた中国の石彫もある。弥勒菩薩と半跏像が日本に伝わる過程で重なっていった。そんなルーツが垣間見えた。

 笑みの像は九州にもある。信仰の自由を奪われたキリスト教徒たちの殉教地に立つ長崎市の「日本二十六聖人記念館」。キリスト教の関係史料が並ぶ館内の一画で、1体の半跏像が異彩を放っていた。

 高さ13・5センチのブロンズ像は7世紀の朝鮮半島製。痩身(そうしん)タイプで頭部が大きく感じる。うつむき気味ではあるが、優しげな笑みが印象的だ。「浦上の隠れキリシタン集落で受け継がれていたものです」と同館の宮田和夫さんが説明する。

 集落の人々にとって、この像はイエス・キリストだった。痩身の理由を「人を救うため飲まず食わずで祈ったから」と聞かされてきた。額に像を押し当て、祈りをささげた。禁教が解けた後も隠れの信仰は継続され、原爆投下という災禍も奇跡的に乗り越えた。

 受難のキリストは復活後に人類を救済する。「未来仏である弥勒菩薩とも重なっています」と宮田さん。迫害に耐えながら信仰を守り抜いた。隠れキリシタンの心のよりどころが小さな像の「ほほ笑み」だったのかもしれない。
  
 5分、10分、15分―。時計の針が進む音だけが響く。半跏像の写真を見続けること30分。東京大名誉教授(コミュニケーション工学)の原島博さんがようやく顔を上げ、口を開いた。

 「これは『新生児微笑』に似ています。親がうれしくなるやつですよ」

 医学、工学、心理学などの分野を横断して顔を研究する「日本顔学会」の立ち上げ人である原島さんが半跏像の表情から連想したのは、生後すぐの赤ちゃんが「にこり」と口角を上げる仕草(しぐさ)だった。

 「基本的に笑いは相手があって成り立つ社会的な表情なんですけど」と原島さんが続ける。好意や軽蔑などさまざまな意味が含まれる笑いは、コミュニケーションの道具として使われることがほとんどだという。

 名画「モナリザ」の微笑の魅力も、コミュニケーションが内在しているからである。こちらを見つめるモナリザ。鑑賞者はその目線を意識し、「なぜ自分にほほ笑んでいるのか」と引かれていく。一方の新生児微笑は外的な刺激からではなく、生理的な反応として現れる。その意味でも特別な笑いの表情である。

 原島さんは再び半跏像の写真に目を移した。モナリザと違ってこちらを向いていない。目が合わないからか、視線が自然と口元にいく。「上品な笑みでしょ。コミュニケーションしていないけど、心が伝わり、見るものが幸福になります」

 九博の特別展会場で、中宮寺の半跏像の周りには人だかりができていた。皆が見つめる先には、若干口角を上げた口元があった。国境、宗教、時代を超えて人々を癒やしてきた古拙の微笑。マスクが当たり前になった社会だからこそ、余計にしみる。

 

唯一「弥勒」の銘刻む 大阪・野中寺の秘仏

 中宮寺の本尊を含め、多くの半跏思惟像が弥勒菩薩とみられているが、その確証はほとんどない。そんな中、両者の関係を国内で唯一はっきりと示しているのが、野中寺(やちゅうじ)(大阪府羽曳野市)の「弥勒菩薩半跏像」である。台座の銘文に「弥勒」の文字が刻まれており、弥勒菩薩であることを伝えている。

普段は月に1度しか公開されていない大阪・野中寺の「弥勒菩薩半跏像」

 金銅製の像は大正時代に寺の庫内で発見された。高さ31センチ、右手の手のひらを正面に向けた珍しいポーズをしている。銘文には「弥勒」のほか「丙寅(ひのえとら)年」と記されており、製作年(666年)と考えられている。

 毎月18日のみ公開される秘仏で、開陳日には全国から多くの仏像ファンが訪れる。現在、九州国立博物館の特別展で展示しており、同寺の野口眞戒(しんかい)住職は「外にお出しするのはまれ。間近で見ていただきたい」と呼びかけている。(小川祥平)

=(2月22日付西日本新聞朝刊に掲載)=

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