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思惟の姿 中宮寺の国宝<上>影と光 

2021/02/10 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 特別展「奈良 中宮寺の国宝」で展示される品々のゆかりの地を訪ね歩き、寺の歴史や半跏思惟像の魅力とルーツをひもといていく。
 

国宝「天寿国繡帳(てんじゅこくしゅうちょう)」 糸が織りなす祈りの力

 ベージュの線が入ったシックな車体が奈良盆地を走る。天王寺、久宝寺、王子…。さすが古都。停車駅の名はどれも重々しい。大阪市中心部から1時間ほどでJR法隆寺駅(奈良県斑鳩町)に着いた。

 新型コロナウイルスの影響で観光客の姿はない。さみしい構内に置かれた観光パンフレットに目をやると「聖徳太子」の文字が躍っていた。2021年は1400回忌の節目。今これほど顕彰される古代人は彼以外にいない。7世紀初頭、聖徳太子はこの地に斑鳩宮を造営して移り住んだ。今回の目的地は法隆寺など、太子建立七寺の一つとされる中宮寺である。

 まずは創建の地を訪ねた。金堂と塔が南北に並んでいたとされるが、すでに古代の面影はない。コスモスが風に揺らぎ、その脇を子どもたちが走り回る。3年前に史跡公園として整備され、中央部の礎石跡だけが歴史を伝えていた。

礎石跡が往時をしのばせる「中宮寺跡」。現在は国史跡となっている=奈良県斑鳩町

 視線を上げると、さすが斑鳩の地。北には法起寺の三重塔、西を向けば法隆寺の五重塔を望むことができる。ずっと眺めていると往時の息吹までも感じられた。この地で太子は何を思ったのだろう。

 華やかな仏都。そんなイメージを斑鳩に持っていたが、実はそうでもなかったようだ。6世紀、朝廷内は仏教推進派の蘇我氏と仏教反対派の物部氏による崇仏論争が続いた。権力争いに勝ち、実権を握った蘇我氏は専横的になっていく。

 「そんな政治をイノベート(革新)した人物が聖徳太子です」。奈良県立図書情報館館長(歴史地理学)の千田稔さんはそう評する。

 聖徳太子が定めたとされる十七条憲法の第一条は「和を以(もっ)て貴しと為(な)す」、第二条は「篤(あつ)く三宝を敬え」と続く。三宝とは仏・法・僧を指す。千田さんが力説する。

 「十七条憲法には蘇我氏の横暴さが投影されている。太子は仏教至上主義で政治改革を目指したんです」

 中宮寺には、太子が往生した天寿国の様子を刺しゅうで表した国宝の「天寿国繡帳(てんじゅこくしゅうちょう)」が伝わる。妃の橘大郎女(たちばなのおおいらつめ)が太子の死後に製作を祖母の推古天皇に願い出たもので、現存する国内最古の刺しゅう工芸。赤や緑色が今も色鮮やかな繡帳は、太子を失い、混迷を深めた「影の時代」に一筋の光をもたらしたはずだ。

国宝「天寿国繡帳」(部分)飛鳥時代、7世紀、奈良・中宮寺
=奈良国立博物館提供(撮影・佐々木香輔)
※展示は2月21日まで

 この繡帳は寺再興のきっかけにもなった。聖徳太子伝記によると、平安時代には本尊とわずかな堂宇しか残っていなかったが、鎌倉時代に繡帳が法隆寺の綱封蔵(こうふうぞう)で見つかったことで修復や塔と金堂の再建が進んだ。

 現在の繡帳は、江戸期にオリジナルと鎌倉時代の複製品を貼り合わせたものだが、眺めると一目瞭然で、飛鳥時代の刺しゅうの方が断然華やかなのが不思議である。

 寺は江戸初期に門跡寺院となり、創建の地から約400メートル西に移った。寺を訪ねると、門跡の日野西光尊さんが出迎えてくれた。

 「お優しいお顔でした」。1961年に入寺し、御年90歳の門跡が、寺のもう一つの国宝である本尊「菩薩半跏思惟像(ぼさつはんかしゆいぞう)」の第一印象を振り返る。当時は頼りない木造のお堂に安置され、「台風の時は中と外から扉を必死に抑えました」。母親を幼少期に亡くした日野西さんは本尊に母を重ねたという。「この仏様のそばで一生過ごせたら幸せだと思いました」

 いよいよ本尊と対面。多くの書物を読んで“予習”してきた。哲学者の故和辻哲郎は「聖女」と書き、作家の五木寛之さんは「足の裏」に注目した。さまざまな人が文にしたためた思惟(しゆい)の姿が目の前に現れた。

 本堂奥に鎮座した黒い像。お堂内に差し込む光が見る角度によって額から頰や口元へと移動する。正面に立つと考え込むような顔に見えた。横に回るとすっとした鼻筋が強調され、強さを感じる。着地寸前の左足からは緊張感が伝わってきた。正直、優しさは感じない。そこで日野西さんの言葉を思い出した。

 「怖いお顔をしてらっしゃる時がある。ご本尊には自分の心が映るのです」

 何か評そうとするこちらの気持ちを見透かしたのかもしれない。無心で本尊を見つめ直すと、ようやく優しい顔に見えた。 (小川祥平)
 

 

●聖徳太子の等身大? 菩薩半跏思惟像と法隆寺の釈迦三尊像

大野城心のふるさと館で展示中の法隆寺釈迦三尊像(再現)

 聖徳太子ゆかりの法隆寺金堂の国宝「釈迦(しゃか)三尊像」の背面には由緒などを示した銘文が刻まれている。その中にあるのが「尺寸王身(しゃくすんおうしん)」の文字。太子と等身でつくったとの意味だ。銘文によると、三尊像は623年に鞍作止利(くらつくりのとり)によってつくられた。中央の釈迦如来像の座高は87.5センチ、顔の長さは18.8センチという。

 実は、九州国立博物館に展示中の中宮寺の菩薩半跏思惟(ぼさつはんかしゆい)像もほぼ同じ大きさ。実測すると釈迦如来像と数ミリ程度の誤差しかなく、こちらも「聖徳太子がモデル」といわれる。

 違いは彫刻様式。前者は飛鳥を代表する止利様式で、後者は白鳳様式が共存し、デフォルメされた部分が少なくより写実的になっている。大野城心のふるさと館(福岡県大野城市)の特別展「東京芸術大学スーパークローン文化財展」(3月14日まで)では、精巧に復元した三尊像を展示中。両館を回って、二つの像を比べてみるのも面白い。

=(2月8日付西日本新聞朝刊に掲載)=

 

●3月21日まで、九州国立博物館
▼特別展「奈良 中宮寺の国宝」 3月21日まで、福岡県太宰府市の九州国立博物館。奈良県斑鳩町の中宮寺にある二つの国宝、「天寿国繡帳」(2月21日までの限定公開。23日からは明治期の模本を展示)と「菩薩半跏思惟像」など89件を展示している。一般1800円など。日時指定のオンライン予約を推奨するが、当日券もある。問い合わせはNTTハローダイヤル=050(5542)8600。

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