ゴッホ展
響きあう魂 ヘレーネとフィンセント
2021/12/23(木) 〜 2022/02/13(日)
09:30 〜 17:30
福岡市美術館
2022/02/02 |
フィンセント・ファン・ゴッホ(1853~90)の画業をクレラー=ミュラー美術館(オランダ)の所蔵品を中心にたどる特別展「ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」が福岡市中央区の市美術館で開かれている。西洋名画や著名人に自ら扮した写真による自画像シリーズで知られる美術家の森村泰昌さんが美術界から注目を集める契機となったのが、ゴッホに扮した≪肖像 (ゴッホ)≫だった。森村さんにクレラー=ミュラー美術館が有するゴッホ作品について寄稿してもらった。
ゴッホといえば「炎の人」だと、ずっと思いこんできた。昔の話で恐縮だが三好十郎の有名な戯曲の題名は「炎の人―ゴッホ小伝―」(1951年)だったし、カーク・ダグラス主演のハリウッド映画も、タイトルは「炎の人ゴッホ」(1956年)だった。
確かにゴッホの人生は「炎の人」だった。アルルでの画家ゴーギャンとの共同生活が破綻し自分の左耳を切ってしまったゴッホ。あるいは、好きになった女性への想いを証明するために自分の右手をロウソクの火にかざし耐えてみせたゴッホ。いずれのエピソードもあまりにも熱くて痛々しい。
しかしである。ゴッホの人生ではなく、ゴッホが描いた絵のほうはどうだろうか。
もうかれこれ20年ばかり前に、クレラー=ミュラー美術館所蔵作品によるゴッホ展を見た時のことを思い出す。あの時まず気になったのは、じつはゴッホの絵ではなく、その額縁だった。他の美術館では、ゴッホのような泰西名画には威厳のあるデコラティブな額縁をつけることが多い。ところがクレラー=ミュラーのゴッホでは、素朴で親しみやすい木製の額縁になっていた。
額縁が大げさだと、まるで鎧兜(よろいかぶと)で武装した武将のようで、額装された絵画もなんだか重々しくて近づきがたい。ホントは笑っているのかもしれないのに、怒っているように見えてきたりもする。ところがシンプルな額縁だと、印象がまるで違って見える。絵の持つありのままの雰囲気が素直に立ち現れてくる。
例えば本展出品作の「青い花瓶の花」や「レストランの内部」(共に1897年作)などはどうだろう。細やかな筆致で画面の隅々までていねいに描かれている。世の中に存在するすべてのものを隈なく慈しむゴッホの優しい気持ちが伝わってくるかのようである。
かつての私は、ゴッホとは原色を多用する激しい色彩の画家だと勝手に決めつけていた。しかしクレラー=ミュラーの額縁でみると、そうした偏見が一気に払拭される。原色や強い色彩のコントラストよりも、青色を基調としたみずみずしさのほうが、むしろゴッホらしさだとだんだん思えてくる。糸杉が描かれた名作「夜のプロヴァンスの田舎道」、それに「善きサマリア人(ドラクロアによる)」(共に1890年作)のような激しい動きのある世界でさえ、画中の基調色は青。それにあの「種まく人」(1888年作)、ここでも黄色い空と太陽が強い印象を与えるとはいえ、畑に広がる物憂く陰った青色も、影の主役として重要な役割を担っている。
クレラー=ミュラーのゴッホは、御大層な額縁で飾られた厳しい巨匠としてのゴッホではない。本当は優しく、しかしその優しさゆえに自分も他人も傷つけてしまわざるをえなかった悩める人間としてのゴッホである。
ヘレーネ・クレラー=ミュラーが出会ったのもこうした我々と変わらぬ等身大の人間としてのゴッホだったのではないだろうか。ゴッホの絵につけられた親しみやすい額縁にその証が示されているように私には思われる。 【寄稿】
▼もりむら・やすまさ
美術家。1951年大阪市生まれ、在住。京都市立芸術大学美術学部卒業、専攻科修了。85年、ゴッホの自画像に扮するセルフポートレイト写真を制作。以降、一貫して「自画像的作品」をテーマに作品を作り続けている。
=(1月28日付西日本新聞朝刊に掲載)=
▼「ゴッホ展── 響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」
2月13日まで、福岡市中央区の市美術館。オランダのクレラー=ミュラー美術館、ファン・ゴッホ美術館の収蔵品から、ゴッホの油彩画、素描など計52点のほか、ミレー、ルノワールなどの作品も紹介する。主催は福岡市美術館、西日本新聞社、RKB毎日放送。特別協賛はサイバーエージェント。協賛は大和ハウス工業、西部ガス、YKK AP、NISSHA。観覧料は一般2千円、高大生1300円、小中生800円。月曜休館。問い合わせは西日本新聞イベントサービス=092(711)5491(平日午前9時半~午後5時半)。
■「ゴッホ展ーー響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」のチケットのご購入は
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