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【コラム】「海にねむる龍」と不知火

2025/05/20 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 『海にねむる龍』は四〇年前に福岡県大牟田市の西部美術学園に通っていた小・中学生一〇名で作った創作版画絵本。

 三池山の山頂にある三つの池の底が有明海の下までトンネルのようにつながっており、そこに一匹の大蛇がねむっていた。今の暦で八月末の深夜、潮がもっとも遠くまでひいた沖に漁火(いさりび)のような灯の行列が横に動いている。その<不知火>の灯で永い眠りから覚めた大蛇が龍になり、やがて仲間に会いに天へと昇っていくのだ。物語はシンプルだが、海や山や空の様子を描くディテールが生きいきとしていて懐かしい。

 その絵本の版木や作品と指導に当たった父、働正(はたらきただし)の表現活動を紹介する展覧会「海にねむる龍―働正がのこしたもの」が、熊本県の宇城市不知火美術館で開催されている。

働正「毳だつエッジNo5」1987年、不知火美術館蔵

 展示は四つのテーマに分かれている。一つめは「九州派と反芸術」。一九六〇年代の働のオブジェ作品や体に包帯を巻いたハプニングを撮影した写真などが壁に飾られ、ガラスケースにはその頃かかわった反万博九州実行団やわいせつ図画裁判に関する資料などが並ぶ。二つめは画塾・西部美術学園の成り立ちから「創造美育運動」とのかかわりについての資料。三つめは「『海にねむる龍』と絵本の仕事」。木版画とガリ版文字による『海にねむる龍』は八五年に学園で手作業によって印刷・製本し、その後、石風社から出版された。働自身も他に六冊の絵本の絵を描いている。そして四つめは「絵画への回帰」。前衛美術家集団の九州派の頃は反芸術として絵を描くことさえ否定していたのだが、約二〇年後の八六年になって天神の「ギャラリーおいし」で絵画の個展を行っている。

 九六年に亡くなるまでの一〇年間、働は憑(つ)かれたように絵を描き続けていた。亡くなる間際に「あと、一〇年欲しい」と言っていたのを思い出す。その絵画シリーズのタイトルに「毳立(けばだ)つエッジ」というのがある。尖(とが)ったエッジ(前衛)が擦れてけばだっている。それが作者の置かれた心境だったのかもしれない。

 働の墓は宇城市不知火町松合の丘にある。不知火海が眼下に見渡せ、海岸からはあの怪火・不知火も見えるという。そばには千里眼で有名な御船千鶴子の墓もある。Jホラーの鈴木光司の小説で映画にもなった「リング」に登場する貞子の母・志津子のモデルになった人物。その千鶴子は三池炭鉱の万田坑の場所も透視して見つけたと昔の新聞に紹介されている。

 三池と不知火。他にもさまざまなつながりを感じる。その同じ二つの町の名前を推理に使った内田康夫の小説「不知火海」。宇城市の宇土半島西端にある三角西港は、三池炭鉱とのつながりで熊本県荒尾市の万田坑、大牟田市の宮原坑、三池港とともに世界遺産に登録されている。有明海の下を網の目のように石炭を求めて掘り進んでいた坑道。その上の海面では、石炭を載せて三池港から三角西港や島原半島の口之津港を経由して輸出する船が行き交っていた。

 この地域からはブラジルに渡って活躍した画家のマナブ間部や版画家の野田哲也、劇作家の宮本研なども出ている。

 海の上に並んで動く不知火の灯。船で追いかけても、虹のように近づくことができない。表現者はそんな灯を作品の中で追い求めていたのだろうか。海の底には龍がねむっている。

(働 淳/画家・詩人)
 

働 淳(はたらき・じゅん )画家・詩人
1959年、北九州市生まれ。福岡県大牟田市在住。同市の西部美術学園主宰。日本現代詩人会、日本詩人クラブ、福岡文化連盟に所属。炭都三池文化研究会代表。「海にねむる龍―働正がのこしたもの」展は熊本県宇城市の不知火美術館で6月10日まで。5月25日に同館で開かれるトークイベントに登壇する。

=(5月18日付西日本新聞朝刊「随筆喫茶」にて掲載)=

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