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ヒンドゥーの神々の物語①/インド近代美術のパイオニア【コラム】

2022/03/04 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 福岡アジア美術館で3月29日まで開催中の「ヒンドゥーの神々の物語」。同館学芸員の中尾智路さんより展覧会の見どころを寄稿いただきました。

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 ヒンドゥーの神々といえば、どのような姿を思い浮かべるでしょうか。たとえば破壊と創造の神シヴァ、あるいは美の女神ラクシュミーなど、神話とともに伝えられてきたその姿と超絶パワーは、古代から人々の熱烈な信仰を集めてきました。今回の展覧会では、こうした神々のイメージを、古代から現代まで幅広く紹介しています。

 そのなかの一点に次のような作品があります。手に弦楽器のヴィーナを持つ美しい女性ですが、腕が4本あることからも人間でないことがわかります。日本では弁才天としても親しまれてきたこの女神の名前は「サラスヴァティー」。アート好きな人にはおすすめの芸術と学問をつかさどる女神です。

ラージャー・ラヴィ・ヴァルマー《サラスヴァティー》1894年

 この作品が生みだされたのは、19世紀末のインド。当時のインドといえば、大英帝国に植民地化されていた時代でした。そのため政治的にも、文化的にもヨーロッパの強い影響を受けますが、そのことが新しい芸術文化のうねりをもたらします。つまりヨーロッパに対する憧れと反発が、起爆剤となったのです。そのひとつのうねりを体現するのが、ラージャー・ラヴィ・ヴァルマーというインド人の画家でした。

ラージャー・ラヴィ・ヴァルマー(1848-1906年)

 

ヴァルマーが生まれた南インド。18世紀半ばの地図(黒田豊コレクションより)だが、
この時代からヨーロッパ各国が進出していた。

 ヴァルマーはインド近代美術のパイオニアのひとりです。インド南端にあるトラヴァンコール藩王国の王族に連なる家に生まれ、西洋絵画をほぼ独学で習得したと言われています。その画力はほかのインド人画家たちの追随を許さず、ヒンドゥーの神話や美しい女性を描いた写実的な作品は、インドに住むイギリス人たちや各地の宮廷から高い人気を誇りました。たとえば、サンスクリット語の戯曲として有名な『シャクンタラー』を描いたリトグラフは、ヴァルマーの最初期の油彩画をもとにした作品です。おそらく注文主によって、女性の身体には本物の布がサリーのように縫い付けられたのでした。

ラージャー・ラヴィ・ヴァルマー《恋文をしたためるシャクンタラー》
1930年代、黒田豊コレクション

 ヴァルマーは、1894年にドイツから印刷技師を呼び寄せ、ボンベイ(現ムンバイー)で印刷所を運営しはじめます。若い画家たちとともに、自らの油彩画を多色刷りの高級リトグラフとして大量に印刷するのですが、そのヴァルマー・プリントの最初期の作例が、上述した《サラスヴァティー》だったのです。

 この作品をぜひ会場でじっくりと観察してほしいのですが、ほかのリトグラフとくらべると、色彩のグラデーションがとても柔らかく表現されています。それはなぜかというと、ヴァルマーは自らの油彩画をなるべく忠実に再現するため、通常より多くの色版を使ったからでした。

 こうしたこだわりは、アーティストにとって至極当然のことかもしれません。しかし色版が増えれば、それだけコストもかかります。折しも疫病がボンベイを襲い、社会が不安定化すると(まるで今の世界のよう・・・)、印刷所の経営もしだいに悪化。ついには印刷所を手放すことになります。しかし皮肉なことですが、新しい経営者のもとでコストカットが図られたことで、印刷所の業績は回復し、ヴァルマー・プリントはさらに普及することになります。それによって20世紀前半のインドは、ヴァルマーが生みだした新しいヒンドゥー神話のイメージに席巻されるのでした。

ラージャー・ラヴィ・ヴァルマー《ガンガー女神の降下》20世紀前半

(福岡アジア美術館学芸員・中尾智路)
 

【ヒンドゥーの神々の物語②】はコチラ
【ヒンドゥーの神々の物語③】はコチラ
【ヒンドゥーの神々の物語④】はコチラ

 

 

インド独立75周年・日印国交樹立70周年
ヒンドゥーの神々の物語

会期:2022年1月2日(日)~3月29日(火)
観覧時間:9:30~18:00(金曜・土曜は20:00まで)
※ギャラリー入室は閉室30分前まで
休館日:水曜日
会場:福岡アジア美術館(福岡市博多区下川端町3-1 リバレインセンタービル7階)
観覧料:一般200円、高大生150円、中学生以下無料

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