九州、山口エリアの展覧会情報&
アートカルチャーWEBマガジン

ARTNE ›  FEATURE ›  コラム ›  ヒンドゥーの神々の物語③/ヴィシュヌ神と「桃太郎」の遠いつながり【コラム】

ヒンドゥーの神々の物語③/ヴィシュヌ神と「桃太郎」の遠いつながり【コラム】

2022/03/18 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 福岡アジア美術館で3月29日まで開催中の「ヒンドゥーの神々の物語」。同館学芸員の中尾智路さんより、展覧会の見どころを寄稿いただきました。

**************

 ヒンドゥーの神話や叙事詩には、さまざまな神や魔神、聖仙(リシ)、人間たちが登場します。物語によっては神々の能力・役割も変わってくるので、話の辻褄が合わなくなることもしばしばあります。しかし、そうしたことがヒンドゥー世界に奥行きと複層性を生みだし、ひとつの魅力となっているのかもしれません。

ヒンドゥー教の三大神を中心にまとめた神様相関図

 ヒンドゥー教は、そもそも紀元前1500年頃にインドにやってきたアーリア人の信仰・バラモン教から発展したと考えられています。基本になるのは聖典『ヴェーダ』で、そこでは軍神インドラ、炎の神アグニ、創造の神ブラフマーがとくに崇拝されていました。その後、このバラモン教的な世界観の上に、インド各地で信仰されていた土着の神々(シヴァ、ドゥルガーなど)や人気のある英雄たち(クリシュナ、ラーマなど)の物語が取り込まれ、さらにバクティやタントラなどの思想が加わることで、ヒンドゥー教はインドの民族宗教として次第に形を整えていったのでした。

ガラス板に描かれたブラフマーの神像。作者不詳《ブラフマー》19世紀後半~20世紀前半(黒田豊コレクション)

 聖典ヴェーダを手にしたブラフマーは、創造神としてバラモン教の時代にはとても人気がありましたが、いまではヒンドゥー教の三大神というにはあまり存在感がありません。実際、今回の展覧会でも、ブラフマーを描いた作品は、数点しか展示されていません。

 その一方で、現代においても熱烈な信仰を集めるのが、ヴィシュヌとシヴァという二神と女神たちです。とくに今回紹介するヴィシュヌは、『マハーバーラタ』に登場する英雄クリシュナなど、インドでは誰もが知っている物語を取り込み、絶大な人気を誇っています。

ラージャー・ラヴィ・ヴァルマー《ラーダーとクリシュナ》20世紀前半

 牧童として育てられたクリシュナは、ラーダーをはじめいつも女性たちに囲まれる美男子です。可愛くて、格好よくて、それでいて誰にも負けない怪力の持ち主というヒンドゥー神話のスーパーヒーロー。もちろん頭も賢く、悩めるアルジュナを諭す場面は、聖典『バガヴァッド・ギーター(神の歌)』として、あのマハトマ・ガンジーも心の拠り所にしていたといいます。このクリシュナは紀元前に実在したある部族の指導者でした。死後も神のように崇拝されていたため、「クリシュナはヴィシュヌ神が生まれ変わった化身だった」と説明され、バラモン教に取り込まれたのでした。この化身のことをインドでは「アヴァターラ」と言いますが、ヴィシュヌはなんと10のアヴァターラを持ち、その中に仏教の開祖ブッダも位置付けられました。

作者不詳《ヴィシュヌの10の化身》1920年代(黒田豊コレクション)

 クリシュナとならび、ヴィシュヌのアヴァターラのなかで人気が高いのは、コーサラ国の王子ラーマです。愛しのシーター妃を救い出すために、魔神ラーヴァナと対決する王子と仲間たちの英雄譚『ラーマーヤナ』は、インドのみならずアジア各地に伝播しました。とくにハヌマーンという猿の半神は、シーターを助けるために魔神の住むランカー島に潜入したり、薬草の生えた山をまるごと持ってきたりと大活躍し、ラーマとともに人気を集めましたのでした。

ヴァースデーオ・H. パンディヤ《森へ追放されるラーマ》1929年頃
作者不詳《ラーヴァナに捕らえられたハヌマーン》1914年頃(黒田豊コレクション)

 インドネシアには9世紀に書かれた『ラーマーヤナ・カカウィン』という叙事詩がありますが、これは東南アジア最古の文学作品と言われています。またタイの『ラーマキエン』やカンボジアの『リアムケー』など、ラーマ王子の物語には枚挙にいとまがありません。さらに言えば、ブッダの前世物語である「ジャータカ」に取り込まれたラーマ王子の物語が、それとは知られず伝承された例もあります。たとえば12世紀に編纂された日本の『宝物集』には、天竺国の大王が大猿の助けをかりて、竜王から后を奪還するという物語が所収されているのです。

 そして誰もがよく知る『桃太郎』。この昔話さえも、桃太郎=ラーマ、鬼ヶ島=ランカー島、鬼=ラーヴァナかもしれないというから驚きです。どうですか、皆さん。ヒンドゥー神話の世界。じわじわ混乱してきたでしょうか。 

デジタルで描かれた未来的な魔神ラーヴァナの姿。ムケーシュ・シン《究極の征服者ラーヴァナ》2013年(作家蔵)

(福岡アジア美術館学芸員・中尾智路)

 

【ヒンドゥーの神々の物語①】はコチラ
【ヒンドゥーの神々の物語②】はコチラ
【ヒンドゥーの神々の物語④】はコチラ

 

インド独立75周年・日印国交樹立70周年
ヒンドゥーの神々の物語

会期:2022年1月2日(日)~3月29日(火)
観覧時間:9:30~18:00(金曜・土曜は20:00まで)
※ギャラリー入室は閉室30分前まで
休館日:水曜日
会場:福岡アジア美術館(福岡市博多区下川端町3-1 リバレインセンタービル7階)
観覧料:一般200円、高大生150円、中学生以下無料

おすすめイベント

RECOMMENDED EVENT
Thumb mini 5435848923

特別展「若冲、琳派、京の美術ーきらめきの細見コレクションー

2026/04/21(火) 〜 2026/06/14(日)
九州国立博物館

Thumb mini 774a132be2

特別展 大恐竜展 ~「フクイ」から探る獣脚類の進化~

2026/04/24(金) 〜 2026/06/28(日)
福岡市博物館

Thumb mini 7ef2333063

小磯良平展ー幻の名作《日本髪の娘》

2026/04/18(土) 〜 2026/06/21(日)
福岡市美術館

Thumb mini c5d5bd57c7

小磯良平展 幻の名作《日本髪の娘》展 関連イベント
ギャラリートーク(2026年6月6日開催)

2026/06/06(土)
福岡市美術館

Thumb mini feb28ceaf9
終了間近

安藤榮作 Eisaku Ando
To the returning souls・帰還する魂たちへ

2026/05/16(土) 〜 2026/06/07(日)
kenakian

他の展覧会・イベントを見る

おすすめ記事

RECOMMENDED ARTICLE
Thumb mini 165e01dc1c
コラム

ヒンドゥーの神々の物語②/インド大衆美術コレクター黒田豊氏【コラム】

Thumb mini f9129f65d2
コラム

ヒンドゥーの神々の物語①/インド近代美術のパイオニア【コラム】

Thumb mini 65eba96c66
コラム

ヒンドゥーの神々の物語④/ヒンドゥーの神様たちとインドの人々<最終回>【コラム】

Thumb mini 39cb4a36a8
コラム

小説家・砥上裕將氏によるコラム「 若冲、琳派、京の美術 — きらめきの細見コレクション —」を見て(上)」

Thumb mini 91047a4ca1
コラム

【学芸員コラム】美の名所を辿る旅 「日本の名所絵」 出光美術館(門司)

特集記事をもっと見る