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ガレとドーム 自然への愛<下> 命見つめ、工芸を芸術に 九州国立博物館特別展「アール・ヌーヴォーのガラス ガレとドームの自然賛歌」【コラム】

2023/05/09 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

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 1894年は、エミール・ガレのガラス制作にとって大きな転機となった。自社工場を設立し外部委託をやめ、デザインから仕上げまで一貫して生産できる態勢を整えた。それによって自然の美の表現を深め、自らの思いや主題を作品に重ねる象徴的な表現へと高めていく。

蘭文八角扁壺(カトレア)(1900年ごろ)=1900年パリ万博出品モデル、
北澤美術館所蔵(㊧が表面、㊨が背面)

高度な技法を駆使
 「蘭文八角扁壺(カトレア)」(1900年ごろ)は、表面に咲き誇る大輪の花をあしらう。今を盛りと咲く花は「アプリカッション」という高度な装飾技法を使い、素地(きじ)に立体的に張り付けられている。しかし背面を見ると、花は生気を失い、しおれている。生と死が表裏一体であるという生命のはかなさを、一つの作品で表現している。

エミール・ガレ(北澤美術館提供)

 植物をよりリアルに表現するために、ガレは独自の技法も生み出した。家具などで用いられる象嵌(ぞうがん)を取り入れた「マルケットリー」である。ガラス素地が溶けているうちに別のガラス片を張り付ける、難易度の高い技術。張り付けたガラス片は素地に同調して引き伸ばされるため、制作途中で破損することも度々あった。それでもガレは挑み続け、特許を取得している。

 花瓶「アイリスのつぼみ」(1900年ごろ)は、このマルケットリー技法を用いている。つぼみ形のガラスの表面に浮き出る花は、風にゆらぎながら何かを語りかけているかのようにも見える。

花瓶「アイリスのつぼみ」(1900年ごろ)=北澤美術館所蔵

 北澤美術館(長野県諏訪市)の池田まゆみ主席学芸員は「高度な技法は、ガレが考えたイメージを表現するために必要なものだった」とみる。窯のたきつけ、ガラス吹きなどそれぞれの工程には優秀な職人が欠かせず、ガレは彼らに細かく指示を出していたようだ。

 一方、当時フランスではユダヤ系軍人がスパイ容疑で逮捕される「ドレフュス事件」が起きていた。後に冤罪(えんざい)とされたこの事件は、保守派と人権擁護派とで国内を二分する論争を巻き起こした。ガレはあえてこの渦中に身を投じ、無罪を訴えるメッセージを作品に刻んだりもしている。そこからは芸術家として社会に参加する使命感を持つ、ガレの姿勢もうかがえる。

台頭するライバル
 1900年、第5回パリ万国博覧会は、当時のフランス史上最大規模で開かれた。前回グランプリを受賞したガレは、推挙された審査員の座を断って再び出展者として参加した。そこには、自身の集大成を示すことで台頭する他メーカーを圧倒したいというガレの狙いがあった。

㊧オーギュスト・ドーム ㊨アントナン・ドーム(北澤美術館提供)

 彼のライバルの筆頭が、同じナンシーに工場を持つドーム兄弟だった。父ジャン・ドームは普仏戦争によってドイツ領となったロレーヌ地方北部の出身。戦争後に家族と共にナンシーへ移住し、日用雑器を作るガラス工場を経営していた。万博で名を挙げたガレにあこがれたドーム兄弟は1891年、そこに芸術部門を新設し、高級ガラス製造を始める。長男オーギュストが経営、三男アントナンがデザインを担う分業制を採り、芸術と経営のバランスを維持しながら会社を発展させていく。

時代の要求を捉え
 自然をモチーフにした制作はガレと同様だが、芸術を目指す気迫にあふれるガレとは違い、ドームの作品は四季の美を写実的に捉え、人々の心を癒やすものが多い。≪プレリアル≫と名付けられたシリーズでは、初夏の風景が明るい色使いで精緻に描き出されている。

«プレリアル»(左から)花畠文角形花瓶、花畠文鶴頸花瓶、花畠文水差(1900年)=北澤美術館所蔵

 ドームはガレに劣らぬ高度な装飾技法「アンテルカレール」で特許を取得した。透明なガラス層の間に色ガラスの模様を挟んで表面に彫刻を施すもので、装飾に奥行きを生む。「アネモネ文花瓶」(1900年)では、降りしきる雪の中にアネモネの花が浮かび上がって見える。

アネモネ文花瓶(1900年)=北澤美術館所蔵

 兄弟は多くの人に愛される製品を生み出すために、時代が求めるものを感じ取り、製品化する販売戦略にもたけていた。「草花文小杯」(1894~1903年)は、手のひらに乗るサイズながらも、草花を大型品と遜色ない技術で表現している。ドームのミニチュア作品は、その愛らしさで贈り物としても人気を博した。

草花文小杯(1894~1903年)=北澤美術館所蔵

 ドーム兄弟は第5回パリ万博のガラス部門で、ガレと同等のグランプリに輝く。高級ガラス分野に参入してからわずか9年での快挙だった。

「ナンシー派」設立
 この万博では、ドイツなど国外メーカーも躍進した。そうした事態に危機感を抱いたガレは1901年、ドーム兄弟らナンシーの工芸・建築家らと「芸術産業地方同盟」(ナンシー派)を組織し、グループ展の開催や後進の育成を目指した。

 だが、制作と会社経営を一人で担うガレに、次々と苦難が襲いかかる。顧客から絶えず新しいアイデアを求められる創作の苦悩。会社は万博出品での多額の費用を回収できず、一時倒産の危機…。すべてが重圧となって彼の体をむしばんでいった。ついには白血病に侵され、療養を繰り返しながら晩年まで創作を続けたが、04年、ガレは58歳でこの世を去った。ナンシー派の活動も、彼の死とともに急速にしぼんだ。

 ガレを失った後、会社は高度な技巧を避けて生産を続けたが、31年に操業を終える。第1次世界大戦を挟んで一変した価値観に対応できなかった。芸術界の流行はアール・ヌーヴォーとは対照的に、直線と幾何学図形をモチーフとしたシンプルかつモダンな「アール・デコ」へと変わっていた。

 一方ドーム社は、この芸術界の変化にも柔軟に対応し、ガラス界をリードし続けた。80年代にドーム家は経営を離れたが、現在でもナンシーの工場で操業は続いている。

創作に燃え尽きて
 「わが根は森の奥深くにあり」
 ガレはこの座右の銘を、工場の扉に掲げていた。オランダの生物学者ヤコブ・モレスホットの言葉に由来し、自分の存在が自然の根幹に連なることを表現している。

 自然を創造の源とし、生命の根源までも表現し、時には社会へのメッセージさえも作品に込め、ガラス工芸を芸術の領域まで引き上げたガレ。ドーム兄弟が産業芸術家として時代の要求を察知し、それに応えることで成功したのとは対照的に、ガラスを溶かす灼熱(しゃくねつ)のごとく、創作への情熱を燃やし続けた生涯だった。 (山本孝子)

■北澤美術館
 総合バルブメーカー「キッツ」の創業者北澤利男氏(1917~97)が収集した美術品の公開と文化振興を目的に、83年に長野県諏訪市に開館。ガラス作品はアール・ヌーヴォーから20世紀初頭のアール・デコを中心に約1000点を所蔵。ガレとドーム兄弟の初期から晩年の代表作がそろうなど、世界的に評価が高い。

=(5月6日付西日本新聞朝刊に掲載)=

特別展「アール・ヌーヴォーのガラス ガレとドームの自然賛歌」 
6月11日まで、福岡県太宰府市の九州国立博物館。西日本新聞社など主催。世界有数のガラスコレクションを誇る北澤美術館の作品を中心に133件を展示。作品は全て写真撮影可能。観覧料は一般1700円、高大生千円、小中生600円。月曜休館(5月1日は開館)。問い合わせはハローダイヤル=050(5542)8600。

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