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「芥川龍之介と美の世界 二人の先達─夏目漱石、菅虎雄 」展【学芸員コラム】(その1)漱石、芥川 ‥そして第三の男、菅虎雄(一)

2023/12/15 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 久留米市美術館では、大正時代を象徴する作家・芥川龍之介(1892-1927)、明治の文豪・夏目漱石(1867-1916)、漱石の古い親友で、芥川にとっては高校時代のドイツ語の先生であった菅虎雄(久留米出身、1864-1943)も含めた三人の関係に注目する「芥川龍之介と美の世界 二人の先達─夏目漱石、菅虎雄 」を開催中です。
 禅や書に精通した菅虎雄と二人の文豪との交流を辿りつつ、芥川の美意識の形成に深くかかわる原稿や書籍、美術作品などを通して、三人の知られざる関係を解き明かします。
 
 本連載では、久留米市美術館の佐々木奈美子学芸員から、3回にわたって見どころを紹介していただきます。

*****

 学生だった芥川龍之介(1892-1927)が晩年の夏目漱石(1867-1916)を訪ね、以後、生涯その弟子を自任したことは、文学ファンはよくご存知と思います。芥川と仲間たちは自作の発表の場として、資金をためて雑誌「新思潮」(第4次)を発刊。そこに掲載された「鼻」を読んだ漱石から、芥川のもとに激励の手紙が届きます。「ああいうものを是(これ)から二三十並べて御覧なさい。文壇で類のない作家になれます」(1916年2月19日)。
 

芥川龍之介「鼻」草稿 1915年 山梨県立文学館 *3期

 この力強い肯定は、まだ何者でもなかった芥川の背中を押したに違いありません。漱石最期の一年間、芥川は漱石山房の木曜会にたびたび顔を出し、遠方にいる時は手紙も送りました。芥川らの手紙が「あまりに溌剌としている」からと漱石も返事を返し、時には一日に二往復したというのですから驚きです。

 人生における「一年」は人によって、また、その年齢によって比重が違うと思います。実際に漱石からの言葉が切実に沁みるのは何年も後だったかもしれませんが、芥川は噛みしめるように、多くの作品の中で師との思い出を繰り返し語ります。まるでこの邂逅自体が一つの物語であったかのように。

 それにしても、初対面から一気に漱石の懐に入っていく、そのスピード感はちょっと訝(いぶか)しくも感じられます。才能が互いに引き合ったのは間違いないでしょうが、漱石の木曜会には古参の弟子や新参の面会人まで有名どころが集っていたわけで、その多士済々の中でなぜこうも易々と「芥川龍之介の連中が木曜会を賑わすようになった」(和辻哲郎)のでしょう。何か二人をつなぐ糸のようなものがあったかもしれないと考えると、その“かすがい”として、ふと思い浮かぶのが、漱石の長年の親友であった菅虎雄です。

 菅虎雄は、第一高等学校で長くドイツ語を教えた、いわゆる名物教師でした。教え子たちからは「菅虎」と慕われていたといいます。一方、書の腕前も玄人はだし。研鑽を重ね、本場で当代一流の士と交誼を結ぶほどの本格派でした。

 菅、漱石と芥川は一高や帝大、外国語教師としてキャリアをスタートしたことなど共通点が多いのですが、実はそれぞれの間に個人的なつながりもありました。

菅虎雄《浩然游世表(浩然として世表に游ぶ)》
東京大学駒場博物館 *3期

※本展出品の書簡、原稿類は作品保護のため3期に分けて展示しています。

佐々木奈美子(久留米市美術館)

※その2に続きます

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