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【コラム】福岡市美術館 特別展 エジプトに吹く新風<上>橋をかける 文明生んだ「人間」に注目 エジプト考古学者の河江肖剰さん

2025/12/03 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 福岡市美術館で13日に「特別展 古代エジプト」が開幕する。往時の実相を多角的に伝えるために協力したのは、独自のアプローチで古代文明を探究する気鋭の研究者だった。3千年に及ぶ古代エジプト文明の人々の営みをひもとく旅を共に歩んでくれる知の「新風」と、それぞれの「イチ推し」の品を紹介する。

 200席の講堂が老若男女で埋まっていた。目当ては名古屋大教授で、現在ピラミッド研究をリードする河江肖剰(ゆきのり)さん(53)。よどみのない口調で古代エジプトの人々の暮らしを解説していく。スクリーンに紀元前1400年代の高枕を示しながら、自身の発掘現場で出た高枕が「意外と寝やすかった」と振り返る。「うなずいている方もいますけど、何で知ってるの?」。会場に笑いが起きた。巧みな話術も人気の秘密だ。

ピラミッド・タウンを発掘調査する河江肖剰さん(左)。
人々の暮らしに注目する原点になった
©Yukinori Kawae

 紀元前3千年頃から約3千年間栄えた古代エジプト文明はピラミッドやスフィンクスといった巨大建造物、ヒエログリフと呼ばれる象形文字などで知られる。壮麗な建築物や豪華な副葬品が注目されがちだが、「特別展 古代エジプト」監修者である河江さんが重視するのはその背後にいる「人間」の存在だ。

 エジプトの大学を卒業後、三大ピラミッドがあるギザでピラミッドの建造に関わった人の住居跡「ピラミッド・タウン」の発掘調査に加わった。重労働に従事した人々の食生活の実態に迫り、文書などを密封する「封泥(ふうでい)」に残る印章や手書きの文字から、そこでどんな立場の人たちが暮らしていたかを明らかにした。
「神秘的なだけでない、人間くさいエジプトに面白さを感じたんです」

パン焼き場(左)や2人でワイン壺を運ぶ様子などが描かれた「王宮の調理場のレリーフ」。
王宮の日常生活がうかがい知れる
(Photo:Brooklyn Museum)

 かつてエジプト研究は王墓の財宝やミイラ発掘など、古代ロマンをかき立てる「モノ」が主役だった。象徴が1965年に開催された「ツタンカーメン展」だろう。少年王の黄金に彩られた遺物を見ようと東京、京都、福岡の3会場に約293万人が足を運んだ。

 60年を経た現在の考古学は、神秘性や時には非科学的なロマンのベールをはぎ取り、歴史の実像を表出させるように観察と記録を基に検証を重ねる「科学」へと変化している。河江さんがチームで取り組むピラミッド研究も例外ではない。2016年からドローンを用いて三大ピラミッドの撮影を世界で初めて行い、精密で圧倒的な情報量の3次元計測データの生成に成功した。
 ピラミッドは内部空間の探査が進む一方、危険と膨大な手作業が伴うため「外部の形状はしっかりした測量がされていなかった」と明かす。これまで詳細な測量ができなかった頂上部を画像に収め、積まれた石の一つ一つまで判別できる細密なデータを得た。
 ピラミッドの全容のデータを得た時の感覚を今も覚えている。それは恐怖だった。「まだ誰も見たことがないものを見ている。そう思うと怖いとすら思いました」と振り返る。

 これまで古代エジプト関連書籍を監修する機会は多かったが、展覧会は初めて。時代や地域を横断しながら古代エジプトの人々の暮らしに光を当てた同展の展示の仕方は、今年ギザに開館した「大エジプト博物館」の展示手法と重なると言い、「世界的な流れと一致している」と胸を張る。
 会場内に掲示した解説文も担当した。単なる説明にとどまらず、一つの物語が読み取れるようにこだわった。「現代の日本の人たちにも古代エジプトの人々の営みが分かるようにしたい。両者の橋渡しみたいな形でやるってことかな」

 過去と現代の人間をつなぐ意識は研究以外の活動にも表れている。これまでも古代エジプトに関するテレビ番組に積極的に出演し、21年4月からは自身のユーチューブを始めた。最新の研究を交えて古代エジプト文明を分かりやすく解説し、登録者数は33万人を超える。本業と切り離して考えていない。「研究で得た成果を一般の人々にも還元したい」と話す。

クフ王の大ピラミッドの頂上からカフラー王のピラミッドを撮影する河江さん
©Yukinori Kawae

 河江さんが案内人を務める同展に並ぶ品々に、きらびやかさはないかもしれない。だが、古代エジプトに生きた人たちの解像度を高めてくれる物ばかりだ。そんな展示物の存在感は、机上の仮説より測量と記録を基に歴史を検証し直してきた学者の後ろ姿ともどこか重なる。 (佐々木直樹)

 

●「新風」のイチ推し 王の頭部 40年ぶりに国内で公開

「王の頭部」 前2650~前2600年ごろ
(Photo:Brooklyn Museum)

 ギザの大ピラミッドを建造させたクフ王ではないかと言われている「王の頭部」です。約40年ぶりに国内で公開されます。クフ王の彫像は極めて少なく、7.5センチの象牙製のものしか確認されていない。この彫像は高さ50センチ超の大きさを誇る現存最古のエジプト王とされる巨像の一部です。
 推す理由は「クフ王のことが分からない」から。ツタンカーメンについてはアクエンアテンという異端の王の息子で、10歳手前で即位して18歳の若さで死亡し、妻がいて子どもが死産していることなどが分かっています。一方で、大ピラミッドを作ったクフ王本人についてはまだほとんど何も分かっていない。そんな王の最大の頭部像かもしれない点に引かれます。

 

▼ブルックリン博物館所蔵 特別展 古代エジプト 13日~3月8日、福岡市美術館(同市中央区大濠公園)。米・ブルックリン博物館が誇る古代エジプトコレクションから、エジプトの異なる地域で発見された先王朝時代からプトレマイオス朝時代までの日常生活を象徴する遺物やミイラなど約150点を紹介する。音声ガイド(有料)のナビゲーターは「timelesz(タイムレス)」の菊池風磨さんが務める。前売りは一般1800円、高校・大学生1300円、小中学生800円。問い合わせは東映=092(532)1082(平日午前10時~午後6時)。

=(12月6日付西日本新聞朝刊に掲載)=

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