ブルックリン博物館所蔵 特別展 古代エジプト
2025/12/13(土) 〜 2026/03/08(日)
09:30 〜 17:30
福岡市美術館
| 2025/12/03 |
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「リーヂュ・パーリ・マナーチル…」
死後の世界への旅立ちを助ける「呪文」が東京都内の録音スタジオに厳かに響き渡った。マイクに向かうのは古代エジプト語の発音再建に取り組む歴史言語学者の宮川創さん(36)。ピラミッド内部の壁に刻まれた現存最古の葬送文書「ピラミッド・テキスト」の一節を朗々と読み上げた。日本語にはない発音法もあり、難易度は高い。
「当時の儀式がどんなものだったのか、音声面だけでも再現できたのは、かなりエキサイティングな作業でした」と振り返る。録音した音声は福岡市美術館で開催中の「特別展 古代エジプト」の展示室で流れている。
今も残る文明の謎には「言語」も含まれる。古代エジプト語は紀元前3200年ごろから文字で書かれ始めた。絵文字のような「ヒエログリフ」、筆記用の「ヒエラティック」、ヒエラティックを簡略化した「デモティック」が石碑や建物の壁、パピルスなどに記録されている。
ただ、時代と共に変化した古代エジプト語の「最終形態」であるコプト語以前の文字には子音しか記されていない。文字を見ても母音の発音が分からず、正確な発音を難しくしている。
「同じ王の名前でも、現代のエジプト学者はアクエンアテンと読んだり、イクナートンと読んだりするが、当時の発音は実は分かっていない」
宮川さんは母音が記され、音韻や文法の体系が分かっているコプト語を基にそれ以前の古代エジプト語の発音を解き明かす。今回のピラミッド・テキストの朗読は、コプト語と同時期のくさび形文字や、北アフリカから西アジアに分布するアフロ・アジア語族の言語と比較しながら、先人と自分の研究成果を織り交ぜて音韻を再建した。
古代エジプト語の音声復元に取り組む研究者は世界を見渡してもドイツやオーストリアに10人程度だ。国内では「僕以外にいないと思う」。研究者になる以前から歴史の古い言語に興味があった。高校時代に所属した合唱部ではラテン語の歌詞の翻訳に熱中した。
学部生時代の研究テーマの一つは古典ギリシャ語だった。紀元前332年のアレクサンドロス大王によるエジプト征服を経て、ギリシャ文化がエジプトに浸透した影響で、自然とエジプトの資料に接する機会も多かった。次第に興味が移った。
「やっている人も少ないし、世界で一番長く文字記録が残る言語なのでやってみようかなと」
研究には人工知能(AI)や情報処理(IT)技術を駆使する。コプト語文献のデータベース構築や紙資料、手書き文字のデジタル化を進める。大量のテキストデータを学習し、自然な文章を生成できるAIを利用したシステムを作って古代エジプト語史をひもとく。「手作業の研究ではたどり着けなかったと思う」
人文学と情報科学を組み合わせた新しい研究方法に挑む姿勢は先駆者として注目を集める。2024年には、今後活躍が期待される若手研究者を選定する「ナイスステップな研究者」に選ばれた。
古い言語への関心は古代エジプト語にとどまらない。消滅の危機にひんした言語の保護にも取り組む。古代エジプト語の研究手法をアイヌ語や琉球諸語といった国内の言語の研究に応用させた。台湾少数民族が話すタロコ語の記録や後継者の育成支援ツールの開発にも携わる。
「言語はその文化と結びついている。語彙(ごい)や言い回しを知ることで解像度が上がり、当時の様子を知る手がかりになる」
自身が開発したコプト語の自動翻訳ソフトや当時の発音を推測するAIを一般公開している。利用者は6千人を超えた。コプト語で書かれた聖書の内容を正確に読み取れない現代のコプト正教徒らも利用する。アラビア語やスペイン語での問い合わせにも対応する。言語の多様性を守るため、関わる人たちの多様性にこだわる。
「言語を守っていくのは研究者だけでは難しいですから。気軽に学習できる環境こそが重要です」
24年度、国立国語研究所から筑波大に移り、人文社会系准教授に就任した。学部生向けの古代エジプト語入門の授業は学生が教室に入りきれず、オンライン中継もするほど人気を博している。学問が「役に立つかどうか」で測られる昨今、未知の領域を学びたいという熱を感じる。好奇心に満ちたまなざしを向ける学生たちの中に古代文明がまとう謎のベールを吹き飛ばす次世代の「新風」がいるかもしれない。 (佐々木直樹)
●「新風」のイチ推し クフ王の名前が彫られた指輪 2000年経て残る権威
ギザの大ピラミッドを建造した第4王朝(紀元前2650年代)のクフ王の名前が刻まれた黄金の指輪です。かつてはクフ王が着けていたと考えられていましたが、その後の研究で刻印には指輪の主が末期王朝時代(紀元前660年代)の神官ネフェルイブラーだと記されていることが分かっています。後世の「偽作」ですが、クフ王が活躍した約2000年後の時代においてもその権威が残っていたことが読み取れます。古代エジプトでは王の名前は「カルトゥーシュ」と呼ばれる縦長のだ円形の枠で囲まれてヒエログリフ(象形文字)で記されました。この指輪では左下に見て取れます。長い時を経てもヒエログリフの刻印がくっきりと残っていて、読みやすいので授業に使えそうです。
▼ブルックリン博物館所蔵 特別展 古代エジプト 3月8日まで、福岡市美術館(同市中央区大濠公園)。米・ブルックリン博物館が誇る古代エジプトコレクションから、エジプトの異なる地域で発見された先王朝時代からプトレマイオス朝時代までの日常生活を想像させる壁画や土器、ミイラなど約150点を紹介する。音声ガイド(有料)のナビゲーターは「timelesz(タイムレス)」の菊池風磨さんが務める。当日券は一般2000円、高校・大学生1500円、小中学生1000円。問い合わせは東映=092(532)1082(開館日の午前9時半~午後5時半)。
=(1月17日付西日本新聞朝刊に掲載)=
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