ブルックリン博物館所蔵 特別展 古代エジプト
2025/12/13(土) 〜 2026/03/08(日)
09:30 〜 17:30
福岡市美術館
| 2025/12/22 |
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大学生相手にピアノの実技の授業を終え、廊下を歩きながら「スイッチ」を切り替える。次の授業に合わせて語り口を整え、資料を頭の中で確かめるとチャイムが鳴った。一般の聴講者向けの市民講座が始まった。テーマは「古代エジプト」。その振り幅に驚かされる。「幅が広いからこそ研究の余地も多いんです」
この春、福岡女学院大=福岡市南区=常勤講師に就いた野中亜紀さん(37)は、これまで他の大学でエジプト史やクラシック音楽関連の講座を担当し、音楽学とエジプト学という異なる学問領域を横断する異例の「二刀流」で古代エジプト音楽を研究してきた。
最初に興味を持ったきっかけは小学4、5年生の時に読んだ漫画だった。もっと詳しく知りたいと読んだ別の本でラムセス1世のミイラの造形に魅了された。「こんなかっこいいミイラがいるなんて」。中高生時代はミイラとエジプトについて調べて過ごした。「好きなアイドルを知りたいのと同じ感覚です」と笑う。
幼少時からピアノを習い、漠然と音楽大への進学も意識していた。一番好きなことをやりたい。「音楽かエジプトか」ではなく、「音楽もエジプトも」と思い定めた。大学と大学院の6年間で音楽学を学び、音楽教員を経て、今度は大学院で約6年掛けてエジプト学の基礎を身につけた。
福岡市美術館で開催中の「特別展 古代エジプト」の図録に、「女性の婚姻と出産/服装と化粧」と題したコラムを寄せた。音楽を専門としながらも、女性の美容や体形維持へのこだわり、子どもに対する親の愛情など、当時の人々の暮らしにも精通する。
「結婚や服装、宗教は音楽と密接につながっています。別物とは思いません」
コラムでは事象を示すだけでなく、人々の気持ちにも触れ、現代の人たちが共感しやすくした。例えば出産。古代エジプトでは母子ともに死亡率が高く、母子が邪悪な力に襲われないように出産時にフルートを吹き鳴らしていたことを伝えるだけでなく、「見えない力」に救いを求めた心情まで読み解く。そこには楽曲の背景にある作曲家の感情の解釈が重要な音楽学の影響がにじむ。
女性ならではの視点も意識的に取り入れる。エジプト学者は圧倒的に男性が多い。「女性ならではの苦労に目が向けられていないと感じます」。代表例としてクレオパトラを挙げる。古代エジプト文明最後の女王として権力を掌握できたのはカエサル、アントニウスというローマの英雄2人を魅了した「美人だったから」という定説に、「能力や才能でなくて、美しさのおかげという男性視線が原型を作っているのでは」と疑問を呈する。
「今まで向けられなかった新たな視点で読み取っていきたい」
独自の研究スタイルは、2年前に出した初の単著「ツタンカーメン王墓出土の楽器 エジプト学と音楽学のはざまで」に結実した。金色に輝くマスクで知られるツタンカーメンの王墓で見つかった3種類の楽器を軸に、音楽学とエジプト学双方の観点から若き王が活躍したアマルナ時代の音楽を取り巻く状況を検証。3種類の楽器の特徴などから出土した王墓内の部屋ごとの意味や機能についての新解釈も示した。
古代ギリシャがルーツとされる西洋音楽とのつながりも論じた。「西洋音楽史は古代エジプトの音楽に対する偏見がいまだにある。古代エジプトの音楽は現代西洋音楽の原型と言っていい」と力を込める。いずれも2分野の知見が生きた。
現在は「古代エジプトの楽器が西洋音楽にどう派生していったか」に関心が向いている。先日はイタリア・ポンペイの遺跡で出土した楽器の調査のために現地を訪れた。インターネットの発展で画像や資料の共有は研究者になった頃と比べて簡単になったが、エジプトにとどまらない「守備範囲」の広さは今も変わらない。
前例のない研究者人生を「交響曲」に置き換えるなら、第1楽章は博士号の取得から始まり、研究成果をまとめた著書の刊行を経て、講師就任で締めくくられた。これから始まる第2楽章では、古代エジプト音楽の謎をどんな新しい解釈で奏でるのだろうか。
(佐々木直樹)
●「新風」のイチ推し ベス神とタウェレト女神のペンダントが付いた首飾り 安産への願い象徴
今回の展示品に腕輪や首輪などの装飾品が含まれますが、これは単なるおしゃれのためではなく、安産を祈願した首飾りです。目を凝らすとカバの姿をしたタウェレト女神と、ライオンの耳やたてがみを持ったベス神が確認できます。2神は女性や妊娠や出産、幼児を守護する神で、民間で広く信仰を集めました。生前は出産に伴う危険から守り、死後は死者の再生を守る意味合いがあります。
持ち主の女性も出産の安全を守るために身に着けていたのではないかと思われます。埋葬されたものだとしたら、妊娠して亡くなったか、出産の途中で亡くなったのかもしれません。当時の女性にとって妊娠、出産が命がけであることを再確認させてくれます。
▼ブルックリン博物館所蔵 特別展 古代エジプト 3月8日まで、福岡市美術館(同市中央区大濠公園)。米・ブルックリン博物館が誇る古代エジプトコレクションから、エジプトの異なる地域で発見された先王朝時代からプトレマイオス朝時代までの日常生活を想像させる壁画や土器、ミイラなど約150点を紹介する。音声ガイド(有料)のナビゲーターは「timelesz(タイムレス)」の菊池風磨さんが務める。当日券は一般2000円、高校・大学生1500円、小中学生1000円。問い合わせは東映=092(532)1082(開館日の午前9時半~午後5時半)。
=(12月20日付西日本新聞朝刊に掲載)=
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