山海塾「卵を立てることから―卵熱」リ・クリエーション
2018/03/25(日)
北九州芸術劇場 中劇場
アルトネ編集部 2018/03/02 |
「山海塾」という舞踏カンパニーの名前は、もしかするとヨーロッパをはじめ世界での知名度の方が高いのかもしれません。「山海塾」は現在、活動の拠点を日本とフランスに置いていますが、そもそも「舞踏」というものは、日本人が作り上げた舞台芸術だということをご存じだったでしょうか?そして、その「舞踏」を世界に広めたのが「山海塾」だと言っても過言ではないでしょう。これまでになかった新しい舞台芸術を観てみたい、そういう文化的欲求が世界中の人を魅了しているのだと、初めて彼らの舞台を観た時に感じたことを思い出します。
前置きはこれくらいにして、今回の本題は、北九州芸術劇場での「卵を立てることから―卵熱」リ・クリエーションという公演についてのご紹介です。
「卵を立てることから―卵熱」は、1986年にフランス・パリ市立劇場で初演され、同年に栃木県・大谷石地下採掘場跡にて日本初演された作品です。“卵”をモチーフに、誕生、死、そして再生を舞踏手たちが紡いでいきます。
始まりは、ガランとした空洞の中、水が張られた舞台で、一人の舞踏手がゆっくりと呼吸をしながら立ち上がる。動く足下には、水面に無数の波紋が浮かび上がる。生まれては消え、繋がっていく波紋は、これから始まる生命のサーキュレーションを予告しているようにも見えます。
卵=生命が生まれる象徴に対し、殻を破る=破壊。表裏一体でありながらも、両義的な意味を持つ「卵」。山海塾の作品のテーマの多くは、普遍性を持っていますが、この作品では「卵」をモチーフに、個々が持ちうる死生観を想起させてくれます。
舞踏手の姿は、全員白塗りです。「山海塾」と言えば、この白塗りをイメージする人も多いはず。主宰の天児牛大は、白塗りについて過去のインタビューで「白は普遍的なイメージを共有でき、個性を消すことができ、ただ人間であることを引き立てる」と語っています。まさにこの作品は、ただ殻を割り生まれ、生命の力を実感し、命の終焉を迎え、さらにゆっくりと再生へ向かう、そのイメージだけを観る者に与えてくれます。舞踏手だけでなく、イメージの余白を持たせつつも研ぎ澄まされた舞台美術の美しさ、物語を語るような音楽、それらが一体となり私たちに訴えかけてくるのです。
と、ここまで書いておいて今さらですが、私はどんな作品(舞台、美術、映画、音楽など)でも、最初は予備知識を持たずに観ることにしています。なぜなら、作り手の意図が見えると“そのように観なくはいけない”という先入観が「正解」を探すことに終始してしまって、自分が何を感じたのか解らなくなってしまうことがあるからです。
「山海塾の作品は、難しそう」。そんな言葉を聞くことも多いのですが、きっとそれは「正解」を観ようとするからなのではないでしょうか?人それぞれに育った環境も違えば、趣味嗜好も異なります。同じように思う、ことの方が稀なのです。その中でも誰もが変わらないのが、生まれてから死ぬということ。誰もが知ることを、それぞれの立場で観ることができる。それが「山海塾」の作品のおもしろさです。
さらに本作について知るため、山海塾の制作を長年つとめている奥山緑さんにお話を伺いました。
―― 今、「卵を立てることから – 卵熱」をリ・クリエーションする理由は?
奥山緑さん(以下、奥山):「卵を立てることから――卵熱」は、33か国140都市超で上演を重ねてきた1980年代後半の山海塾を代表する作品です。山海塾は寡作ではあるものの、近年のツアーではもっと新しい別作品を上演することが多くこの作品自体はここ10年近く上演してまいりませんでした。ですが、以前上演したことのあるいくつかの劇場からまたやってもらいたいという依頼はずっとあり、この機に、となった次第です。
カンパニーとしては、ダンサーの世代が代わる今、33か国に招聘された作品というものときちんと対峙しておくのは意義深いと考えます。
―― 山海塾にとってのリ・クリエーションとは?
奥山:常に以前とお客様が同じはでないので、新作のような気持ちで稽古を重ねています。初演以来、天児が踊ってきたパートを、若いダンサーたちがそれぞれ分担して踊るのですが、天児の個性を離れて、ひとりのダンサーが作品がもつ場面や振付の背景や感情を作品の中に持ち込めるのか。天児が初演以来舞台に持ち込んできたある種のエモーションやパッションを、ダンサーが一丸となって舞台に持ち込めるのか。そして単に天児のコピーではなく、個々のダンサーのものとしてゆけるのか。大きな課題です。
―― 北九州芸術劇場で世界初演をすることについて、劇場との関わりや、北九州と東京の違いなどお聞かせください。
奥山:北九州で私たちのような小さな創作団体にご用意頂ける劇場の、時間的空間的にゆったりとした使い方と、劇場スタッフの「ここで新しいものを一緒に生むのだ」という情熱と支えてくれる立ち位置、そして観客の皆さんの「北九州で生まれる新しいものを見届けるのだ」という決意にも似た緊張感のある客席…北九州がほかの劇場と格段に違っているところは枚挙にいとまがありません。よそ者を受け入れる風土というか空気というか、そういうものがあり、そしてすでに私たちは、長い間の共同制作と滞在を通じて、北九州市の街の一部にもなっているような気がいたします。
―― ありがとうございました。
「卵を立てることから―卵熱」は初演から32年経ちます。きっと「山海塾」も32年の間に、舞踏手や取り巻く環境、価値観も変わっています。テーマは普遍的でも表現方法は変化をしているかもしれません。新しくクリエーションされる本作を、今の私たちはどう感じるのか。まずは感性を受け取ることからはじめてみてはいかがでしょう。
筒井あや(tsutsui aya)/編集者・ライター
流通業界を経てライターに転身。06年、芝居好きが高じてエンタメ情報誌「THEATER View FUKUOKA」を勝手に創刊。発行人・編集長。以後、演劇・映画などのエンターテイメントをメインにアーティストの取材・インタビュー、コラム、新聞にて劇評の執筆などで活動中。演劇・映画作品の鑑賞数は年間250本を超える。
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