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旅する印象派(1)パリ、印象派の地、強奪されたセザンヌの名作【連載記事】

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アルトネ編集部
2018/05/16
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 その邸宅は、スイス最大の都市チューリヒの閑静な高級住宅街にある。歩道から柵越しに見える2階建ての家。屋根裏部屋もありそうだ。れんが造りの外壁は植物に覆われ、窓はシャッターが固く閉ざされていた。表札に「E.G.Bührle」と記されているが、人が住んでいる気配はない。2008年、私設美術館だったこの邸宅で美術史に残る大事件が起きた。
 日曜の夕方、武装した3人組が押し入り職員を銃で脅し、ゴッホとモネ、セザンヌ、ドガの絵画4枚を奪い去った。被害総額175億円は当時、欧州で最大規模の絵画強奪事件だった。
 絵を所有していたのは実業家エミール・ゲオルク・ビュールレ(1890~1956)。学生時代に美術史を学んだビュールレは、印象派とポスト印象派を中心に名画を収集し自宅に飾った。ビュールレの死後、作品は遺族が設立した財団に移管され、邸宅の別棟は1960年、西洋美術の傑作約200点を収蔵する美術館に生まれ変わった。
 盗まれた作品は後にすべて取り戻せた。国際強盗団の犯行だった。「美術館の職員にとって盗難は最悪な出来事。良い状態で戻ってきたのが救いだった」と財団のルーカス・グルーア館長は振り返る。
 セザンヌの代表作「赤いチョッキの少年」が見つかったのは事件から4年後の2012年、約千キロ離れたセルビアの首都ベオグラードだった。ビュールレがこよなく愛した作品だった。
    

ポール・セザンヌ《赤いチョッキの少年》(1888-90年)
©Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland)
Photo: SIK-ISEA, Zurich 


 ビュールレは、ポスト印象派のポール・セザンヌ(1839~1906)に強い関心を持った。19世紀後半、印象派の画家たちはどんな環境で絵を描いたのだろうか。チューリヒから高速鉄道で4時間。印象派が花開いたパリへ向かう。
 市街地を緩やかに流れるセーヌ川沿いに、ルーブルなど世界屈指の美術館が立ち並ぶ。中州であるシテ島の観光名所がノートルダム大聖堂だ。14世紀に完成した初期ゴシック建築の最高傑作は「白い貴婦人」とも呼ばれ、数々の小説や映画の舞台になり、観光客でにぎわっている。
 かつてシテ島の一角に、ドラクロワやマネ、モネらが通った私立画塾アカデミー・シュイスがあった。セザンヌはフランス南部エクス・アン・プロヴァンスで生まれ、1861年に画家を志してパリに出ると、この画塾で学んだ。若き日のセザンヌも風光明媚(めいび)なセーヌ河畔を歩き、大聖堂を目にしたことだろう。

シテ島にあるノートルダム大聖堂。
セザンヌはシテ島にあった私立画塾「アカデミー・シュイス」で学び、ピサロと出会った=パリ


 セザンヌにとって、画塾で知り合った印象派の先輩カミーユ・ピサロ(1830~1903)の存在は大きい。郊外で一緒に戸外制作をして光の表現方法を教わり、ピサロを通じてモネやルノワールとも交流を深め、1874年の第1回印象派展に出品した。
 やがて印象派を離れ、人生の大半を過ごした故郷で、画面構成や形にこだわりながら独自の展開を繰り広げていく。「セザンヌは印象派にとどまることなく、乗り越えようとしたのだろう」と名古屋市美術館の深谷克典副館長は言う。
  

ビュールレの邸宅を利用して開設された美術館。現在は閉館し、窓が閉ざされている=スイス・チューリヒ


 セザンヌは1886年に父の遺産を手にすると、暮らしに余裕が生まれたようだ。イタリア出身のプロのモデルを雇い、さまざまなポーズを取らせて描いたとされるのが「赤いチョッキの少年」である。
 不思議な絵だ。少年の右腕は不自然に長く、太い。右耳も大きい。まるで、おしゃれな宇宙人。手前のテーブルの置き方も違和感がある。極端なデフォルメなのに、構成物のバランスが取れているのは絵画だからこそ。色彩にもリズムがある。「全てを計算して画面が構成され、抽象絵画に近づいている」と国立新美術館(東京)の山田由佳子主任研究員。20世紀初頭に登場するキュビスムの萌芽(ほうが)も感じさせるという。
 印象派の画家たちはそれぞれ試行錯誤を重ねて独自の画風を見いだし、ピカソら後に続く画家に多大な影響を与えた。その象徴とも言えるセザンヌの画業にビュールレは着目し、各時代の作品を買いそろえた。
 強盗事件を機に、私設美術館は閉鎖された。ビュールレのコレクションは2020年までにチューリヒ美術館に移管される。
 強奪され、遠くへ連れられ、無事戻ってくるまでの騒動を知ってか知らずか、赤いチョッキの少年は、いつもの澄ました表情で座っている。
      
 「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」が19日から、福岡県太宰府市の九州国立博物館で始まる。印象派ゆかりの地を旅し、作品の魅力やビュールレの思いを探った。 (野村大輔)
=5月13日西日本新聞朝刊に掲載=

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