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地元福岡で3年ぶり個展 画家 田中千智さん【コラム】

2018/11/27 LINE はてなブックマーク facebook Twitter
黒田喜夫の詩から着想して制作した新作「除名」

星一つない闇夜と輝く大地。そこに映るのは不安でいてつく心か、それとも希望の灯か。筆跡が消えるまで幾重にも塗られた黒地を背景として、はかなげにたたずむ人々の姿に、鑑賞者がそれぞれ物語を想像する。現代社会の孤独や不安、希望を感じさせる作品が国内外で高く評価されている画家の田中千智さん(38)が新たに「革命詩人」と称された黒田喜夫(きお)(1926~84)の作品世界と向き合っている。

「黒田喜夫の詩の世界観をもっと描きたい」と語る田中千智さん


田中さんは1980年生まれ。多摩美術大卒。地元福岡市では3年ぶりとなる個展は、黒田の詩集から着想を得て制作した新作を展示している。会場には作品の基になった詩を抜粋したテキストも置かれ、来場者は絵と詩を見比べながら二人の世界観に浸る。
黒田は山形県出身で、少年工員として京浜地帯の工場で働き、戦後は共産党に入党。農村の底辺にある状況を見つめ、革命の夢と荒廃した現実との交錯を詩に書きとめ、世に告発し続けた詩人だ。
時代に埋もれた詩人といっても過言ではない黒田の存在を田中が知ったのは2年前。東日本大震災後の不安を込めて制作した作品が黒田の詩集を準備していた編集者の目にとまり、詩集「燃えるキリン 黒田喜夫詩文撰」の装丁画を担当したのがきっかけだった。革命の幻想を生きる骨太な叙事詩的世界を描く黒田の詩に衝撃を受け、いつか作品にしたいという思いが膨らんだという。
取り上げた詩は「燃えるキリンの話を聴いた/燃えるキリンが欲しかった」で始まる初期の代表作「燃えるキリン」や「空想のゲリラ」「毒虫飼育」など、その世界観に共感した8本。共産党からの除名を受けて創作した「除名」からは、無数の群像とそこから一人だけ突出した人物の情景を想起した。完成した作品の群衆の視線は誰とも合わず、世間からの逆風や批判を受ける個人を徹底的に無視し、冷遇する気配を強く漂わせる。
アクリル絵の具を使った濃淡のない漆黒の背景と、艶のある油彩の幻想的できらめく人物や都市が浮かび上がる前景。相反する要素を組み合わせた画風で画家としての道を切り開いてきた。黒い「余白」によって、描かれる人や街の謎めいた雰囲気が引き立ち、鑑賞者の想像力を刺激する。
それは性別や年齢、国籍が曖昧な前景の人物も同様だ。「微笑と、不安や怒りの真ん中のような顔にしたいと思っています」と語るように、表情はどちらにも受け取れる。見る人のその時の状態によって、見え方が変わる「鏡」のようだ。

展覧会などの予定は来年6月まで詰まっている。書籍の装画やCDアルバムのジャケット、映画祭や演劇公演のポスタービジュアルなど「自分以外の人の気持ちに応える絵」を描く機会も多い。多忙な中で、今後も黒田の詩を基にした制作も続けていくつもりだ。「一つの詩から何枚も描けそうだし、全部の詩を描いてもいい」と言うほどほれ込む。黒田が過ごした京浜地域で展覧会を開くというひそかな目標も温めている。
黒田が詩で切り結んだ抑圧的な社会は、忖度(そんたく)と萎縮、同調圧力がはびこる現代の日本社会と重なる。時代が大きくきしむ時、この国はいつも不特定多数の集団が巻き起こす強い風に吹かれてきた。群衆になるのか、それとも周囲の空気にあらがい自立するのか。岐路に立つ現代人の形象を黒の余白が照射している。=11月22日 西日本新聞朝刊に掲載=(佐々木直樹)

◇個展は12月2日まで、福岡市中央区赤坂1丁目のギャラリー「WHITE SPACE ONE」。水曜休廊。

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