ルネ・ユイグのまなざし
フランス絵画の精華
大様式の形成と変容
2020/02/04(火) 〜 2020/03/29(日)
09:30 〜 17:00
九州国立博物館
2020/03/06 |
※本展は3月15日まで休館しています。
九州国立博物館で開催中の特別展「ルネ・ユイグのまなざし フランス絵画の精華」(西日本新聞社など主催)は、19世紀後半に誕生する印象派に比べて、日本ではなじみの薄い17~19世紀のフランス絵画に光を当てる。印象派前夜の伝統と革新、さらに「新しい伝統」がせめぎ合った転換期の絵画史を概観する。
赤い衣装が似合う男爵夫人は、ソファに腰を落として楽譜を読んでいた。突然の訪問者は夫である男爵か、親しい友人か。振り返って見せるその表情は、ついさっきまで歌を口ずさんでいたようにも、歓迎の言葉を投げ掛けているようにも見える。真っ赤なスカートと上着。黒い帽子も赤いリボンで飾られている。
クリュソル・フロランサック男爵夫人の肖像画は、女性画家のエリザベト=ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン(1755~1842)の手による。王妃マリー・アントワネットのお気に入りだった彼女は、1789年のフランス革命後、各地を流浪する波乱の生涯を送る。
古典主義の画家たちが、歴史画に普遍的なテーマを込めたのに対し、ヴァトーが「雅宴画」を生み出して以降、瞬間を捉えることにこだわりを見せる画家も出てきた。男爵夫人の口元は薄く開き、帽子は顔に影を落とす。背中に垂れるブロンドの髪は、風に揺れ動くようでもある。理想美というよりは自然な美しさ。永遠を指向するというよりは、何げない日常のひとときを画面に閉じ込めたスナップ写真のような1枚だ。
特別展「フランス絵画の精華」が紹介する17~19世紀のフランス絵画は、歴史に関する一定の知識も求められ、19世紀後半に始まった印象派に比べ、日本ではなじみ深いとは言えない。だが、一堂に会した名画を味わえば、伝統の構築と、それに対する反動、そしてまた新しい伝統へと続く、創造性のダイナミズムを体感できる。
フランス革命は、美術にとっても大事件だった。展覧会の学術監修を務めた美術史家、大野芳材さんは「王という絶対不可侵な存在が倒れたことで、伝統への反発と回帰が始まる」と、時代の特徴を指摘する。
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル(1780~1867)は、伝統を否定せずに、絵画に革新をもたらそうとした。「オルレアン公フェルディナン=フィリップ、風景の前で」は、正装で立つ国王の子息がモデル。筆の跡さえ感じられない滑らかな肌は、美術教育の中心だった王立アカデミーの絵画観に基づく。一方で、首の長さと、腰に当てた左腕の曲がり方は不自然なように見える。身体的な特徴を強調するために加えたデフォルメだ。
ロマン主義を代表する同時代のウジェーヌ・ドラクロワ(1798~1863)や、写実主義のギュスターヴ・クールベ(1819~1877)を経て登場するのが、エドゥアール・マネ(1832~1883)だ。マネといえば、「草上の昼食」や「オランピア」といった、同時代の女性をそのまま描いた作品を発表し、酷評されたことが有名だ。しかしテーマの問題ではなく、全く新しい表現を編み出した点で、近代絵画の扉を開いた立役者とされる。
最も重要なのは、マネが初期から取り組む遠近法の否定だ。出品されている「散歩」も、明快な奥行きの表現は感じられない。マネは絵画の平面性を強調し、後の抽象表現につながる道を作った。最晩年の1880年頃に描いたこの作品は、背景の草花や木々に、モネやルノワールと共通する粗いタッチも残した。
「印象派の父」と呼ばれるマネの仕事は画期的だが、彼は過去の巨匠に学ぶ姿勢を終生崩さなかった。印象派の作品展には一度も出品していない。「この展覧会は、伝統と向き合う中で独創が生まれてくることを確認できる場所でもある」と大野氏は語る。
本展のタイトルにその名を冠する美術史家、ルネ・ユイグ(1906~1997)。第2次世界大戦中、ルーブル美術館の学芸員として、「モナリザ」など4千点を疎開させた。フランス絵画の歴史は、美術品を守ったユイグの闘いも含め、絶えず普遍的な美を希求する歩みだった。百花繚乱状態で複雑化した今日の美術も歴史の上にあると思えば、過去の名品はまた違った輝きを帯びてくる。
(諏訪部真)=2月21日西日本新聞朝刊に掲載=
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