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綴じた写真集を解き、新たなものに/写真家・野村佐紀子さんに迫る 【インタビュー】

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木下貴子
2017/10/03
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東京を中心に活躍しているアーティストで、彼女ほど福岡に親しい人はいないのではないだろうか。写真家・野村佐紀子――下関出身、九州産業大学芸術学部写真学科卒業。1995年から天神の「art space 獏」にて、20年以上毎夏欠かさずに個展を行っている。福岡にとって野村さんがある種特別なアーティストであると同様に、彼女にとっても福岡は特別な土地であるはずだ。そんな野村さんの大規模な写真展がいま、母校である九州産業大学の美術館にて開催されている。開催にあわせて来福した彼女に、この展覧会や写真についてお話をうかがった。

——個展を行う時は必ず、野村さんは新作展として挑んできた。しかし、今回の展覧会は様子が違い、前半部分は過去に出してきた写真集が基盤となっている。回顧展とまではいかないが、これほどの枚数の過去作品を使っての構成は、彼女にとっては初の試みだ。

野村:ここは美術館であり、私にとっては母校でもあります。学芸員の方と話し合い、まずは卒業生として、学生たちに見せることを重視して進めました。この卒業生のシリーズ展ではすでに見本となる先輩がたくさん紹介されてきたので、私の場合は、学生にちゃんとしたものを見せるというよりも、こんな人生でも大丈夫だよというゆるやかに振り返れる感じにしたいなと。それで、過去の写真集を基盤にすることしました。でも、写真集1冊につき5点ずつ選んで展示したりするのは、かなり無理がある。たとえば『暗闇』の場合、88枚で一冊の写真集が成り立つわけですから、そこから数点だけ抜いても『暗闇』として伝えることはできません。ですから一度、すべての写真集をばらして、それらを再構築することにしました。でもそれも写真集を写真に戻すような作業だから、なかなかうまくいかなくて。じゃあ(全部の写真の中から)「花」だけ出してみようかって……。カテゴリーで分けるのは最も嫌いなんですけども、ちょっとやってみようと。それで頭をいっぺんほぐし直して組みました。

——会場は3つのパートに分かれる。最初の「愛について」と次の「あてのない旅」の2パートは過去の写真集から抜き出した作品が、そして最後の「佇む光」のパートはここ1~2年に撮影された未発表の新作が展示されている。

野村:過去の写真を出すことに対して、どう新しくするかというのが今回の一番のポイントでした。この写真は何歳の時に撮ったというような時系列的な提示ではなく、もう一度、新しく写真に出会うことができなければ面白くないなと。写真全部をシャッフルして提示するという方法はうまくいくと思いましたし、実際に展示してみて新しい事になったと思います。ありきたりの言い方ですが、もう一回息を吹き返すというか、写真集の一部であったものがもう一度、一つの写真に戻るというか……もう一回出会うという感じで、うまくいったと思います。新作だけでやった方が早かったでしょうけど、そうしなかったのは、ここが大学という場所であり、学生さんたちを対象に考えたのが大きいですね。いい機会でした。常に新しいものを出していかないとってずっとやり続けてきていたから、今回はじめて立ち止まることができました。

会場入ってすぐの壁面には、野村さんがこれまで出した写真集がすべて展示されている。

——通常よりも照明が落とされた会場には、「闇」の気配が全体に漂う。いわゆる恐怖を表す「闇」ではなく、野村さんが以前出した写真集『黒闇』と同じく、静謐な印象の「闇」の気配だ。素朴な疑問として、野村さんに、光と闇を意識して撮影しているのかを問うてみたところ……

野村:これがスタンダードなんです。たとえば闇の具合とか、私の世界がこう見えているんですよ。

——思いもよらない返答に、胸がざわめく。どきどきする。

野村:だから闇に寄せているわけでも、闇を切り取っているわけでもなく、特に何かしているわけでもなくて、「これ」なんですよ。私の世界がこう見えているのがスタンダードだから、ちょっと人と話があわなかったりする原因はそこかもしれないけど(笑)、こうなんですよ。だけど普通に考えたら闇に対して光の話をするのは重要ですし、光があっての闇だってこともわかってはいるんですけど、ことさら何か見えないように写したりとか、光を見つけたりするというよりは、これでいいんじゃないというところかなと。

——とういうことは、基本は光源を使わないのであろうか。

野村:でも、光がなければ写し出せないので、あまりにも暗ければ懐中電灯を貸りたりもします。でも、それは被写体をどれだけきれいに表現するかというためではなく、ここに人がいて、私がいて、懐中電灯を貸してということも込みの写真なんです。だから光がないからってスタジオに移動してきれいに撮るのは、それはそれでおもしろい作業だけれども、私はあまりやらないですね。

——場所の状況や空気も含め、全体で写真を捉える。掲載された写真集も、撮影した年代も、それこそ被写体も異なる写真が、一つの会場に並べられても違和なく感じられるのは、その写真に纏う空気感なのかもしれない。

展示風景より。手前から左側が「愛について」のパートで、右奥の8枚の展示が「あてのない旅」のパート。
展示風景より。新作による「佇む光」のパート。

——綴じた写真を解き、新たなものに。実は本展は2重構造となっていて、まず展覧会に先駆けて図録を作り、そこからさらに写真を絞り込んだ作品を展示するという手法をとっている。図録も写真とテキストの2冊組みに分け、一つの写真集として成立させている。展示で発表することと写真集で発表すること。同じ写真を素材にしても、そこには明確な違いがあるという。

野村:全然違うことですよね。単純に写真集は一対一で見るもので、展示は共有しながら見るものという違いもありますが、同じ作品でもサイズ感で、すごく印象が変わります。また写真集と展示では、使う写真も異なりますし。自分でいうのも変ですが、別の楽しみ方というか……会場で作品を見た時と、お家で本展の図録を見た時の感覚は、全然違ものになるじゃないかと思いますね。

本展図録。写真集の方には全175点の写真が纏められた。長年にわたって野村の写真集を手掛けてきた町口覚氏によるデザインも秀逸。

——最後に、処女写真集『裸の時間』から23年を経て、一つの新しい試みとなった本展を経験しての感想を聞いてみた。

野村:なんかその……変わらないですよ。ずっと同じようにやってきましたから。だけど、なんかちょっとだけ、「大丈夫だよ、明日もやっとけよ」というように背中を押されたように感じました。いままではずっと「明日も大丈夫かな」っていうようにやってきたから。この展覧会で、もうちょっとやってもいいんじゃないって感覚が少し生まれたかもしれません。

これは福岡で彼女を長年見続けてきた人にとっても嬉しい報告だろう。福岡でずっと挑戦し続けている野村さんにとって、今度はここ福岡でターニングポイント的な展覧会が開かれたことになる。本展を起点に、野村さんの世界がまた拓かれるかもしれない。そんな期待を抱いた展覧会であり言葉だった。

卒業生 プロの世界vol.7 野村佐紀子写真展「愛について あてのない旅 佇む光」は、10月22日(日)まで。過去の写真を織り交ぜながら新作とともに築き上げた、彼女の新しい世界を感じてほしい。

 

会場写真提供:九州産業大学美術館

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