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日々の暮らしの中にある違和感をユーモアかつシュールに描き、刺繍で温かみを。現代美術作家、難波瑞穂さん。(前編)【インタビュー】

2024/05/17 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 難波瑞穂さんの作品の技法、いわば制作スタイルは独特だ。絵や写真をベースに刺繍を施す作家もいるが、難波さんがベースにするのは版画、それも銅版画(エッチング)だ。原画を描き、銅版に転写し引っかきながら描写して、布に刷る。そこから、キャンバスに一筆ずつ色を塗りながら絵を描くように、難波さんは布に一針ずつ色を縫っていく。  

難波瑞穂さん

 出身は福岡県大野城市。小さい頃から絵を描くことが好きで中高時代は美術部に入り、イラストレーターに憧れたこともあった。だが、「当時は絵で食べていくという考えはいま以上になくて、現実的に難しいなと。母が教員だったので、私も教員を目指しました」と話す。山口大学に進学し初等科を専攻、同時にやっぱり絵も学びたいと副専攻で美術を履修した。そこから中学で美術を教えるのもいいかもと考え、大学院へと進み絵画を学んだ。

 この時点でもまだ、アーティストになることは思いもよらなかったという。時は1990年代の後半。「大学時代はアーティストと接する機会があまりなく、現代美術作品を見る機会もほぼありませんでした」。そんな考えだった難波さんに最初の転機が訪れたのは、大学在学中に参加した「世界青年の船」(日本政府の行う青年国際交流事業)だった。3カ月ほどかけてニュージーランド、チリ、メキシコ、ハワイなどを船旅で周り、いろいろな人たちと交流する中でとくにスペイン語に惹かれていった。それを機にスペイン自体に興味を持ち、1度行ってみようとスペイン旅行を決行。その旅で現代スペイン・リアリズムの巨匠、アントニオ・ロペスを知り衝撃を受けた。「それまではデビット・リンチのようなダークな世界観が好きで、私もグロテスクだけどちょっとユーモアが感じられるイメージの作品を作っていました。でもロペスの作品を見て、グロテスクでもこんなに美しく綺麗に見せられるんだ!って本当に感動しました」。この旅が2度目の転機となり、スペインに留学してさらに美術を学びたいとの思いを募らせた。

 大学院卒業後は、いったん福岡に戻り1年間、中学校の美術講師を勤めた。結婚して広島に移り、そこでも1年間高校の非常勤講師として働いた。その翌年に、念願のスペイン留学へ。ロータリー奨学生としてバレンシア工科大学に留学し、ここで初めて版画を本格的に学んだ。「版画はずっとやってみたかったんですが、山口大学では、銅版画のクラスがなく、バレンシアやマドリッドで銅版画を学びました。また、友人の影響で銅版画にどんどん興味をもつようになり、きちんと銅版画を学びたくなったんです」。バレンシア工科大学の後、マドリッドのコンブルテンセ大学に進み、ここで銅版画や木版画を中心に学んでいった。

コンブルテンセ大学在学中に制作したエッチング
コンブルテンセ大学在学中に制作した木版画

 夫は彫刻家の難波章人さん。スペインへは2人で一緒に留学した。帰国後は、北九州市に居を構えた。「2人とも仕事を辞めて留学したので、帰国しても家がなくて。ちょうど小倉にあった私の祖母の家が空き家になったんで、そこを自宅兼アトリエとして住まわせてもらいました。夫も私もとにかく作品づくりがしたかったので、がっつりとは働かずに非常勤講師をしながら制作していました」。それまで昆虫をメインに描いていたが、この時期からウサギを飼ったり、勤め先の小学校で児童と触れ合ったりした経験により、少しずつモチーフが変わっていき、ウサギや子どもを描くようになりまた絵本づくりも始めた。

 2009年に長男を出産した後に、福岡へ転居。この頃から、作品に刺繍を使うようになっていったという。「私、多色版画が苦手でずっと単色でやっていたんですが、インクも暗いしなんとなく作品に冷たさを感じていたんです。紙に刷った銅版画に彩色したりもしましたがそれもなんか違って、もっと温かみが欲しいなって思っていて。それで、試しに布に刷ってみたら綺麗に仕上がって、布なら刺繍で彩色もできるなと気づいたんです」。

刺繍を使い始めた頃の作品《オウムとおはなし》2010年(部分)

 刺繍で色を加えたことで、難波さんの納得がいく「温かみ」が作品に加わった。「思い返すと、高校生のときに自宅のトイレに猫のイラストが飾られていたんですが、毎日それを見ても飽きなかったんです。なんでしょう、そういう日常に溶け込むような絵がいいなと個人的に思います」。また、銅版のインクをきっちりと拭き取らず、背景に少しインクを残して温かみが生まれるような工夫もしている。

 版画は何度か刷ってみて色を決める。刺繍部分の色は最初から決めるのではなく、縫いながら決めていくという。「色鉛筆みたいな感じで、斜線で色を重ねていくような感じです。線がつながって面になっていくようなイメージですね」。色味が違うと感じたときは縫うのを止め、解いてまた縫い直す。まさに筆で色を塗るように、針で色を縫っていく。1つの版で刷るのは多くて5部ほど。刺繍の色は最初に縫い上げたものを基本にするが、一部の色を変えることもあるし、また縫い目によって違う印象になる。版画ではあるが、1点ものの作品と呼ぶ方がふさわしい。

自宅の1階に、版画用のアトリエを併設。ここで版を彫ったり、プレスしたりしている。
刺繍は2階の刺繍部屋にて行う。刺繍糸は絵の具や色鉛筆のように色で分別されている。

 (後編へ続く)

【インフォメーション】
山口大学医学部附属病院改修に伴うアートプロジェクトのために、金子みすゞの童謡詩をテーマにしたアート作品を制作し納品した。今年の秋に、信覚寺(福岡県朝倉郡)でのグループ店に参加する予定。また、難波瑞穂さんの作品やアートグッズは、ARTNE STORE ONLINEにて購入できます。

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