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【対談】㊤ 神に捧げた心と体 佐藤究さん(作家)×河野一隆さん(東京国立博物館)/「古代メキシコ」展、九州国立博物館

2023/10/16 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

名誉の生贄 日本人にも分かる感覚/佐藤さん 犠牲は利他主義の表れ/河野さん
 

 紀元前15世紀から3千年以上栄えた古代メキシコ文明は、他文明と隔絶された中南米地域で発展した。暦や文字など都市文化が花開いたマヤ、巨大なピラミッドが築かれたテオティワカン、16世紀のスペイン征服まで軍事国家として栄えたアステカ。厳しい自然環境の中、自然界で生かされているという独自の思想を育んだ。人々は神に祈り、時に肉体までも捧(ささ)げる人身供犠(じんしんくぎ)も行った。九州国立博物館(九博)で開催中の特別展「古代メキシコ」に併せて、直木賞作家の佐藤究さんと、東京国立博物館の河野一隆学芸研究部長に、メキシコ文明や展示の魅力について語ってもらった。 (構成・丸田みずほ)

■佐藤究さん㊧
1977年、福岡市生まれ。2004年にデビュー(当時は佐藤憲胤名義)。16年に「QJKJQ」で江戸川乱歩賞。「Ank:a mirroring ape」で大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞。21年「テスカトリポカ」で山本周五郎賞、直木賞。
■河野一隆㊨
1966年、福岡県柳川市生まれ。九州国立博物館学芸部長などを経て現職。専門は考古学。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

河野 今回の特別展では古代メキシコの代表的な3文明を紹介しています。佐藤さんが小説「テスカトリポカ」で、その一つアステカ文明をモチーフにしたきっかけは何ですか。

佐藤 出版社の編集者からバットマンとジョーカーが戦う映画「ダークナイト」のような作品にして、との依頼があったんです。スケールの大きな犯罪小説で麻薬問題を絡めて書こうと思ったが、麻薬を扱った小説は米国に書き手がいっぱいいる。そこで麻薬の流通に絡む資本主義のことを考え始めた。手段のために方法を選ばず、犠牲もいとわぬ資本主義の深い背景には何があるんだろうと。
 人間がやっていることは結局、古代のルーツまでさかのぼれて、地層に埋めてしまってもそこからよみがえり、みんな知らないうちに影響を受けている、みたいなことをルネ・ジラール(フランス出身の文芸批評家)たちが言っている。だったらメキシコの麻薬問題を書く時に、かつてあったアステカ文明を調べてみようかなと思ったら、はまってしまった。

■テスカトリポカ 佐藤究さんの直木賞受賞作で、臓器売買の闇からアステカ神話の謎に分け入る長編=写真。メキシコの麻薬密売人バルミロは、臓器ビジネス実現のため日本に向かい、川崎に生まれ育った少年コシモを見いだす。その運命の背後には、アステカ神話の創造神の影がちらつく。

河野 斬新な小説だった。読んでいるうちにアステカ神話の部分と小説の内容がフュージョン(融合)していく。残虐な描写があるのに、少し救われるような読後感もあった。生贄(いけにえ)には野蛮なイメージが現代人にあるが、それは人間中心のヨーロッパ的な価値観に僕たちが染まっているということでもある。

佐藤 生贄は野蛮と言うが、資本主義社会が弱い人を犠牲にしてないかと考えると、そういう構造は現代もある。かつては神とのつながりや宇宙のサイクルの中で生贄をやっていたが今はそれもない。お金の価値や肩書、名声で一人の人をつぶしていて、より冷酷な面があるのではと書きながら見いだした。だから今回の展示は響きました。



†土地が生んだ生贄
河野 メソアメリカ(メキシコと中米の一部)の文明を語る時に生贄の習慣は避けられない。自然環境が厳しく、自分一人の力ではどうしようもできないメキシコの土地柄が生贄の文化を生んだのかもしれない。監修の杉山三郎・アリゾナ州立大研究教授も主張されているように、自分が犠牲になって他人や自分の属する社会を救うという利他主義の表れとして生贄を捉えられないか。その視点から展覧会は構成されています。現代の方がより残酷かもしれないという小説の問題提起は、本展にも通底している。

佐藤 三島由紀夫が北欧の神々と古代メキシコの神々の違いを明確な表現で語る録音を聞いたことがある。北欧は自我があって、内に向かってある種禁欲的な神の像を作るけれど、メキシコは自然界の循環の中に神の像がある。厳しい環境なので、例えばクモをトカゲが食べて、トカゲをヘビが食べて、そのサイクルの中に人間も入る。「私はどう生きるか」という自我と関係なく、生きることそのものの中に神の像があって生贄も自分もある。

河野 本展の中には、球技をする時に腰に着ける「ユーゴ」(写真❶)という防具がある。あれを着けると体の自由が失われる。それでは負けてしまうため、生贄にされる確率が高くなる。でもユーゴには華麗な彫刻が施されている。生贄にはなるが、あなたは選ばれし名誉な戦士なんだと表現しているのではないか。

❶「ユーゴ(球技用防具)」(600~950年)

佐藤 日本でも切腹はある種名誉だった。能とか歌舞伎、浄瑠璃などが好きな人に聞くと、切腹シーンが多い。それをドラマとして享受してきた感覚は古代メキシコの生贄の感覚に近い。日本もつい何百年前までは戦で敵の首を取って並べて勝ち誇っていた。アステカの戦士の心情は侍の時代を知る日本人なら何となく分かるはずです。

†小説の土台にも
河野 生贄に使う道具に「テクパトル(儀礼用ナイフ)」(アステカ文明、写真❷)がある。目玉や歯が付いていて、ポップなものを使って支配しているからこそ、逆に不気味感が増幅するように思う。

❷「テクパトル(儀礼用ナイフ)」(1502~20年)

佐藤 小説を書く時に実物が見たかった。昔はモンスターが出てくる漫画ではライオンみたいに牙が出て鋭い歯が多かったが、今は人間の歯みたいなのを持っているモンスターがトレンドな気がする。それを先取りしている。

河野 アステカは戦争が多く、戦士が力を求めて神を信仰していた。アステカの神の中でテスカトリポカ神(メキシコの先住民語で「煙を吐く鏡」を意味し、闇を支配するとされる)を選んだきっかけは?

佐藤 前作が鏡像認識を基にしたスリラーで、その前の作品も鏡が題材。資料をめくっていた時にインパクトがあったのが煙を吐く鏡で、資料に生贄の話もあり、引っかかりました。「テスカトリポカ神の骨壺(こつつぼ)」(アステカ文明、写真❸)を間近で見た時には感慨があった。

❸「テスカトリポカ神の骨壺」(1469~81年)

河野 内部に戦士とみられる青年男性の骨が残っていた。骨が出てくるのは珍しい。テスカトリポカ神の後ろにケツァルコアトル(アステカ神話の農耕・文化神)が飛んでいて造形も素晴らしい。型押しを使っていると思うが、均一に押す必要があるので精巧な表現は難しかったはず。

佐藤 円形に施すのは高い技術ですよね。テスカトリポカ神を信仰していた戦士はどれくらいいたのかと思うが、骨壺を見て、やっぱりいたのかと感動した。この方がテスカ様の戦士だったのかと思い、なぜかお礼を言いました。


■人身供犠 3文明を含め3千年以上にわたって行われた慣習で、本展の重要テーマの一つ。万物は神々の犠牲によって成立していると信じられ、神々を敬う人々も命を捧げ、自然界の原理を保たねばならないと考えられていた

※次回は14日掲載予定 

=(10月7日付西日本新聞朝刊に掲載)=

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