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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<15>【連載】麻生財務相発言をめぐって 透けた欧米との違い 「民度」ではなく死生観

2020/06/12 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 新型コロナウイルスによる日本の死者が欧米と比べて少ないことについて、麻生太郎財務相が「民度の違い」と発言して物議を醸した。だが、犠牲者の数が著しく抑えられているのは日本だけの話ではない。韓国や台湾、タイなど、日本よりさらに低い国もアジアでは少なくない。

 では、これらの国が欧米と比べて死者が少ない理由はなんなのか。はっきりとしたことはわかっていない。欧米に渡って新型コロナウイルスが強毒化しているとの説もあるようだが、科学的な根拠は乏しい。

 よく言われるのは、欧米のような握手や抱擁、接吻(せっぷん)といった密接な対面交流が、圧倒的に少ないことだ。逆に言えば、なぜ欧米ではそのような「密」な習慣が発達したのか。

 西洋史は戦争の産物だ。そこでは、敵と味方の峻別(しゅんべつ)が極めて重要となる。他者との初対面や再会がことのほか重要視されるのは、両者の区別をその都度確かめる必要があったからではないか。身体の接触を許すのは敵ではありえない。気を許した笑顔も同様だろう。日本人から見ると大げさに映る身体接触や顔の表情は、生き残るための儀礼であり、不可欠なものだった。決して昔話ではない。ビジネスの最前線が戦争に例えられるのを思い起こしてもいい。

 ところが、身体接触は新型ウイルスにとってかっこうの伝播(でんぱ)の機会だし、マスクは表情を覆すから敵と味方の区別がしづらくなる。欧米でマスクをすることへの抵抗感は、単なる習慣の域にとどまらず、私たちの想像を超えている可能性がある。

 想像を超えていると言えば、日本人の風呂好きはつとに有名だ。海外ではホテルにバスタブがないこともめずらしくない。それどころか、朝から毎日シャンプーで洗髪する「朝シャン」は世界的にめずらしいのではないか。また日本では湯上りを「生まれ変わった」などと日常的に表現する。生まれ変わりとは、とりもなおさず「復活」のことだ。キリスト教圏での意味は比べものにならないくらい重い。

 これを単なる清潔習慣とは片付けられない。折ごとの生まれ変わりは、罪や穢(けが)れを水浴で祓(はら)う「みそぎ」にも通じる。慣用句で悪事を「水に流す」というのも定着している。いずれも反復可能な再生観念に由来し、西洋での原罪や、キリストの磔刑(たっけい)を経て終末の審判までが根拠づけられる、後戻りできない時間軸とはかけ離れている。

 罪が罰と呼応し、ゆえに水に流せるようなものでは元来なく、目にみえる汚れとは懸け離れた抽象概念であることも欧米では大きい。だからこそ、その痕跡を刻んだ物質が重んじられる。美術館はその本拠地だが、器としての建築はより典型だろう。

 欧米の文明の原点にギリシャのパルテノン神殿がある。廃墟と化しても、一から建て直されたりはしない。というより、戦乱に耐えた他に代えがたい廃墟だから崇高なのだ。ところが伊勢神宮を始めとする日本の伝統建築は、遷宮と呼んで一定の時を経て全面的に建て直される。伝統では保存や継続が重んじられるが、実のところ、建築の生まれ変わりではないか。定期的にみそぎを繰り返していると言ってもいい。

多くの参拝客でにぎわう伊勢神宮(内宮)の入り口前

 むろん、だから新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)を食い止めるのに貢献しているとは言わない。だが、今回のパンデミックを通じて、欧米と日本との生死をめぐる観念の違いが、日常の習慣から透けて見えるように感じる場面があるのは確かだ。それは欧米的な尺度でしかない民度というのとは違う。(椹木野衣)=6月11日付西日本新聞朝刊に掲載=

 

椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

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