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大恐慌時代の芸術政策に学ぶ  「フェデラル・ワン」芸術に雇用作り出す【コラム】

2020/05/14 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 新型コロナウイルスの猛威はすさまじく、イベントは自粛を余儀なくされ、舞台芸術はいわゆる「3密」の場の典型としても指摘された。もちろん、ほとんどの業種に影響が及(およ)び事態の長期化も予想されて、日本社会の行く末すら不透明である。これだけの災厄と経済の疲弊を前にして、文化・芸術活動はその存在意義を主張し続けることも空(むな)しく響きかねないところまで来ている。

 しかし、人類の歴史を紐解(ひもと)けば、文化・芸術活動の重要性は論を俟(ま)たない。こうしたときに参考になるのが、大恐慌時代(1929年から30年代後半)の米国の政策である。米国に端を発したとはいえ、大恐慌は世界に波及し、金融システムすらも揺るがすことになった人類史上未曽有の危機であったことから、現在の危機とも共通するものがあろう。米国の失業者は1300万人を超え、人々が一切れのパンを求めていた時代に、いわゆるニューディール政策の一環として「フェデラル・ワン」と呼ばれる文化・芸術政策を実施していたのである。 

大恐慌時代(1929年末)のニューヨークのウォール街

 

 初期のニューディール政策は目の前の失業者救済に手一杯(ていっぱい)になっていた。その後、雇用促進局が設置されると、文化・芸術関係に関しても生活救済という形ではなく、積極的なプロジェクトを推進し、雇用を作り出すことで危機を乗り越えようとした。音楽、美術、作家などにもそれぞれのプロジェクトを発足させたが、紙面の関係で、以下演劇だけを例にとってみよう。演劇関係だけで最盛期には12700人の失業中の劇作家、俳優、照明、振付師、大道具、小道具製作者などを雇用、教育とも連動させ、毎月1000公演を行った。そのほか、新しい技術であったラジオを活用することでラジオドラマ制作プロジェクトも発足。プロジェクト開始後、4年間で1200の新作劇が誕生したのである。

 この文化・芸術政策を今の日本から見つめ直すと以下の三点が意味深い。第一はこの政策が米国の文化・芸術の窮状を救っただけではなく、これらの蓄積が後の米国の大きな資産となったことである。第二に、演劇(英語ではTheater=劇場の意味)と新しい分野であるラジオ放送を結び付け革新を起こしたことである。第三に結果論ではあるが、欧州の優れたアーチストの流入も招き、文化・芸術の拠点が欧州(とりわけパリ)から米国へ移ったことである。

 観客の多い東京は各種の専門職やアーチストの集中度が顕著でもあった。東京一極集中の象徴でもあったろう。皮肉なことに、東京において「3密」が実現できたからこそ皆東京を目指したのかもしれない。IT技術をフル活用して、「3密」に依存しない新しいアートが希求されるのであれば、「地方型フェデラル・ワン政策」としてたとえば九州でアーチストを雇用し、文化・芸術を創出することは意義深いであろう。米国のフェデラル・ワンが文化・芸術分野において欧州と米国の関係を大きく変容させたように、東京と地方の関係も大きく変えるかもしれない。そのことで皆が苦しむこの災厄の時代の先にも新たな光が見えてくるのではないだろうか。

 かつて東京の関係者が「芸術を支援することはプロを支援することだ」と主張したことに対して、北九州市の劇団青春座の一人は、「東京のプロの演劇人は昼間稽古をして、夜、生活の糧を得ている。地方のアマの演劇人は昼間生活の糧を得て、夜稽古をしている」と名言を述べたことがあった。もう30年近く前のことではあるが、「アマとプロの差」を問われた時の地方演劇の矜持(きょうじ)を語ったものだと強烈な印象を持った。

 席が埋まることで「給料が出せる=プロが育つ」ということは当該演劇の力であるとともに、都市の力でもあろう。アーチストが東京に過度に集中したのもむべなるかなである。ただし、それは東京でしか文化・芸術活動は育たないということを意味しない。

 日本社会は、東京一極集中の利点ばかりに目を奪われていたのかもしれない。IT技術というものがありながら、非人間的な通勤電車を許容し、人と会って挨拶(あいさつ)を交わさないと全てが始まらなかった。在宅勤務などは技術的に相当前から可能だったはずなのにも関(かか)わらず、社会全体としてそれを目指す機運に欠けていた。これまで東京一極集中によって人が集中している「蜜の味」に浸れば、そもそもオンラインを活用する必要もなかったからである。

 許認可に際して地方の人を平気で東京に呼びつけるという社会システムも21世紀という時代を考えれば、おかしな仕組みであった。「東京一極集中の何が問題なのか」と豪語する人も後を絶たなかった。

 そうした「物理的な近接性」に依存した社会に今回の新型コロナ禍は「3密の忌避」という形で強烈に「ノー」を突きつけ、社会を変えようとしている。今、日本社会はあらゆるところでオンラインでの会議・診察・教育などを試みようとしている。

 文化・芸術例えば演劇についても同じではなかろうか? 席が埋まっている間は、ITの無限の可能性や演劇の未知な世界に挑戦し続ける契機を失わせていたのかもしれない。

 「フェデラル・ワン」(大恐慌時の文化・芸術支援政策)というのは、アーチストに生活支援をするではなく、まるまる雇用した大胆な政策であった。これを地方の立場から行えば、「席が埋まらないこと」=「3密を避けた状態」を前提に考えることになる。アーチストを雇用するには、IT活用や「新しい演劇とは何か」を考えることが不可避となるであろう。

 日本中が深刻な事態であるが、より冷静にみれば、一極集中の弊害に課題が集中しているのである。日本全体を助けるためには、東京を助ける必要があり、東京を助けるには、地方が頑張る必要がある。「3密」に深く結びついた文化・芸術活動を真に救いうるのは、地方でしかないと考えるのは思い上がりであろうか? 今こそ、劇団青春座も昭和20年10月という先が見えない時に誕生したことを思い出したい。(出口正之)=5月4、5日付西日本新聞朝刊に掲載=

出口正之(でぐち・まさゆき)
1955年福岡市生まれ。大阪大卒。国立民族学博物館教授。専門はNPO、メセナ、フィランソロピー研究。ジョンズ・ホプキンズ大国際フィランソロピー研究員を経て現職。著書に「フィランソロピー」、「公益認定の基準と実務」など。

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